彼女は輝いていた。将棋界に颯爽と現れた天才少女。大人の好奇な視線を浴びながらも、けらけらと笑い、男たちをなぎ倒していった。ドラマやCMに出演し、小説を執筆すればベストセラーを連発した。
彼女は堕ちた。永世名人との不倫を告白し、将棋界と決別。孤独を埋めるかのように酒をあおった。肝硬変を患い、郷里福岡に戻った。5年前、余命1年を宣告された。
彼女は現在も生きている。
林葉直子、51才。今何を想うのか。元「将棋世界」編集長で、12才の頃から林葉を見てきた作家・大崎善生氏が彼女のもとを訪ねた──。
* * *
今から5年前のことになる。
2014年の正月。1冊の本が出版された。ワイドショーなどで話題になり、やがて私の目にも零れ落ちてきた。それが「遺言」という題名の書下ろしで、著者は林葉直子とある。治療不可能な重度の肝硬変を患い、末期の病床からのメッセージをまとめたもの。
死を間近にしたお騒がせ林葉の、最期の叫びという触れ込みであった。そのとき林葉は46才。もちろん死ぬような歳ではない。しかし手の施しようのない末期の肝硬変で、体重は38キロ、γ-GTPは1200を超えていた。
東京で診てもらっている時から腹には腹水がたまり、医者から「お臍がぴょこんと飛び出したら終わりですから」と言われていた。「あっ、そうですか」と林葉は明るく笑ったが、実はすでに臍は飛び出していた。それが肌着に擦れて痛くて仕方なかった。東京から故郷福岡の病院に転院し、助かるには移植手術するしか道はないと告げられた。
余命、1年。合併症を起こしたら、いつ死んでも不思議のない状態だった。
本の中に編集部に最後の望みを聞かれ、「チャーシューを腹一杯食べたい」と答え、笑うやりとりがあった。さすがに胸が苦しくなった。
完全に死を意識し、人生の瀬戸際にあることを受け入れ開き直っている姿がそこにはあった。
◆1980年──少女は美しく、聡明だった