かつて例のない高卒ドラ1が誕生した。未完の大器は「本物の怪物」へと進化できるのか。新著『投げない怪物 佐々木朗希と高校野球の新時代』で激変する高校球界の実情を描いたノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。
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大船渡(岩手)の163キロ右腕・佐々木朗希の指名に踏み切ったのは、以前から公言していた北海道日本ハムを含むパ・リーグの4球団──。事前の情報戦では、過去最多に並ぶ8球団とも、それ以上とも噂されていた。他の投手に指名がばらけたというよりは、佐々木の育成に自信が持てない球団が指名を回避したと考えるべきだろう。千葉ロッテに交渉権が決まっても、表情を変えない佐々木はこう第一声を発した。
「これがスタートラインだと思います。千葉ロッテは、12球団で一番、応援が凄いかなと思う。自分の武器はストレートですが、これだけでは通用しない」
この春から佐々木を追い続ける中で、私が最も衝撃を受けたのは韓国・機張で開催されたU-18野球W杯で目撃した一球だった。初の世界一に向け、負けられない韓国戦、初回の投球練習中の4球目だった。それまで脱力して投げていた佐々木が、突如、左足を高々と上げ、大きく体重を乗せて踏み出すと、目一杯に右腕を、鞭のようにしならせた。その球速は自身の最速(163キロ)に迫るものだったように見えた。
160キロを超える直球は、150キロのボールと比べても、プロペラ機とジェット機ぐらいにスピード感が違う。固唾を飲んで怪物の初登板を待っていた韓国のファンも、思わず叫声を上げた。それほどまでに、佐々木のこの一球が異次元に映ったのだ。
ところが佐々木はこの回を19球で投げきったところで、降板する。理由は右手中指の血マメの悪化。本人は詳細を明かさなかったが、私は“あの一球”で血マメが破れたのではないか、と推察している。降板する際、佐々木のユニフォームの右太もも部分は、血に染まっていた。163キロのボールは諸刃の剣だった。デリケートな身体だと自ら証明するように、世界の舞台でも不完全燃焼に終わってしまった。