音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、立川談笑が大きく改作した『浜野矩隨(はまののりゆき)』の名演ぶりについてお届けする。
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9月14日「立川談笑月例独演会」の『浜野矩隨』が圧巻だった。
談笑の『浜野』は通常とは大きく異なる改作だ。亡き腰元彫りの名人・浜野矩安には何人もの弟子がいて、倅の矩隨の代になっても彼らが工房を守っている。矩隨の母は病床にあり、天寿を全うするところだ。
ある日、矩隨は勢いよく駆けていて足が三本に見える若駒を彫り、母は「生き生きとしてるねぇ、お前は名人だよ」と褒めるが、いつも一分で買い取ってくれる若狭屋は、矩隨の独創性を認めない。
「三本足の馬なんて、お侍が欲しがるか? 売れないんだよ。余計な我を出して妙に工夫されると迷惑なんだ。普通に彫ってくれないかな」
以前彫った河童狸を笑いものにされた矩隨が「あれは心の持ちようによって河童に見えたり、狸に見えたり……」と弁明すると「そういうの、もうやめてくれ!」と若狭屋は一喝。「お前が変な物を彫り続けてるから『本当は父親も大したことないんじゃないか』って言われ始めてるんだ。優れた弟子に持ち上げてもらっただけじゃないかってな! お前は名人の顔に泥を塗ってるんだよ! やめちまえ!」 酒の勢いも手伝い、もう何を持ってきても金輪際引き受けないと宣言する若狭屋。
その経緯を聞いた母は「私に観音様を彫っておくれ。おとっつぁんのところに行くときに見せてやりたいから」と頼み、「私がお前に彫ってもらうのは二つめだよ。これを覚えているかい?」と、小さな彫刻を矩隨に見せる。「お前が三つの頃、見よう見まねで彫ってくれた可愛い兎だよ。肌身離さず持ってた」