父が急死したことで、認知症を患う母(84才)を支える立場となった女性セブンのN記者(55才・女性)が、介護の日々を綴る。
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それまで、母の涙を見たことがなかった。だから、認知症の妄想で取り乱して泣かれた時には私の方が激しく動揺した。「母を泣かせちゃいけない」と、その時は思ったが、涙を流すと心がちょっと軽くなることにも最近、気づき始めた。
◆泣いたり泣かれたりが苦手だったゆえに…母娘
母は昔から、家族の前でさえも涙を見せたことがない。物が飛び交う大げんかを父とした時も、祖父母の葬儀の時も、そして父の臨終でも母は泣かなかった。
そのせいか、私も卒業式などでは常に“泣けない組”。ゆがんだ泣き顔を見られるのが何より恥ずかしいが、涙がこみ上げてきても、泣きそうな自分に気づくと急に冷める。そして嫌なモヤモヤが残った。声を上げて素直に泣く友人を見て、羨ましく思ったものだ。
だから母が初めて泣き顔を見せた時は、仰天した。
父が他界してひとりぼっちになり、一気に認知症が顕著になった時のことだ。私が訪ねるたびに母は「財布が見当たらない」「お金をどこにやった」と詰め寄った。
私もこんな母と対峙するのは初めてで、支えるどころかいつも及び腰の臨戦態勢。
認知症のことを少しは理解した今なら、母が初めて経験した不安と焦燥がわかる。救いを求めた娘に牙をむかれ、絶望と怒りで、ある日ついに限界を超えたのだ。
鬼のような形相で「あたしのお金は~!?」と叫びながら、しわしわの頬にサーッと涙の細い筋が伝ったのが見えた。すでに私は恐怖のどん底にいたが、母の涙にさらに動揺し、慌てて背を向け、ケアマネさんに電話をかけた。
見てはいけないものを見てしまった。「なんとか早く収めなきゃ」という心境だった。あの涙は今も忘れられない。
◆映画館のこっそり涙は気持ちいいのだ!
今は妄想も落ち着き、母は穏やかさを取り戻したが、相変わらず私に涙を見せない。
一方私は、年を重ね、涙の後の快感に目覚め、肩の力を抜いて泣けるようになってきた。特に映画館の暗闇は泣きやすい。娘が小さい頃に見に行った『ドラえもん』の映画では必ず泣けた。たいてい周りの母親たちのすすり泣きも聞こえるので、気楽なのだ。コメディー映画や落語などで大笑いするのも気分が晴れるが、じんわり泣いた後はまた違ったスッキリ感がある。