天上界に高天原(たかまがはら)という天神(あまつかみ。天津神とも)の世界があるように、地上には地祇(ちぎ=地上の神。国津神(くにつかみ)とも)の暮らす葦原中国(あしはらのなかつくに)という世界があった。高天原の最高神である天照大神は実子の正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしのみみのみこと)と同じく最高神である高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘との間に生まれた天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)を降臨させることに決め、降臨した地は日向の高千穂峯だった。

 天津彦彦火瓊瓊杵尊は山の神である大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘を娶り、3人の子をもうけるが、そのなかで真ん中の子が昔話では山幸彦の名で知られる彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)で、彼は海神(わたつみ)の娘とのあいだに一男をもうけ、この男子は海神の別の娘を娶り、4人の男子をもうけた。その名は上から五瀬命(いつせのみこと)、稲飯命(いなひのみこと)、三毛入野命(みけののみこと)、狭野尊(さののみこと)といい、この末子の狭野尊こそがのちの神武天皇であった。

 順を追ってみていくと、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の「穂」は稲穂の「ホ」、天津彦彦火瓊瓊杵尊の「火」も同じく稲穂の「ホ」を表わし、高千穂は高く積み上げられたたくさんの稲穂の山を意味している。日向も太陽の昇る東方に開けた地を意味する言葉にすぎず、日向も高千穂も単に土地の様子を表わすのみの言葉で、特定の地名ではない。

 彦火火出見尊の「火」もやはり稲穂の「ホ」で、狭野尊の「狭」は聖なる稲を意味する「サ」、五瀬命の「瀬」は「サ」の音が転訛したもので、稲飯命の「稲」は文字通り「イネ」、三毛入野命の「毛」は食べ物を意味しており、当時における食べ物の代表格は五穀に他ならない。

 つまり、天孫降臨から神武天皇の即位に至るくだりは神名・人名や地名を通して、稲を始めとする五穀とのかかわりを執拗なまでに暗示している。地上の統治を委託された天皇の一番の役割が何であったか改めて語らずとも、読む者、聞く者にはおのずとわかるようになっていたのだった。

【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など著書多数。最新刊に『ここが一番おもしろい! 三国志 謎の収集』(青春出版社)がある。

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