【著者に訊け】佐藤亜紀氏/『黄金列車』/1800円+税/KADOKAWA
今となっては「?」が、幾つも浮かぶ話ではある。そもそも第二次大戦中にハンガリー政府が押収し、ソ連の侵攻を恐れて国外に移したユダヤ系住民の個人資産は、国有財産と呼べるのか? はたまた賄賂にまで領収書を書かせる役人が、本当にイイ役人なのか……。
佐藤亜紀氏の新作は、その名も『黄金列車』。1944年12月にブダペシュトを発ち、道中、保管庫に立ち寄ってお宝をごっそり積み込んだ、通称・黄金列車の約4か月に亘る迷走劇を、積荷の管理業務を命じられた大蔵省の中年職員〈エレメル・バログ〉らの奮闘を軸に描く、冒険小説だ。
ハンガリー~オーストリア間を横断する巻頭の経路図に壮大な活劇を期待すると、おそらく作品全体を覆うどんよりした空気や、銃一つ抜かない地味な闘いに、一旦は戸惑うはず。だが、軍人ならぬ文官の彼らが、お役人として粛々と業務に徹してこそ、その金銀財宝が守られたのも確かなのだ。
前作『スウィングしなけりゃ意味がない』(2017年)ではナチス体制下のドイツでジャズに興じた通称スウィングボーイズの青春と蹉跌を描き、好評を得た佐藤氏。本巻末にもロナルド・W・ツヴァイグ著『ホロコーストと国家の略奪』等の参考資料が並ぶ。積荷の着服を企むユダヤ資産管理委員会委員長〈トルディ大佐〉や、バログの上司の〈アヴァル〉や〈ミンゴヴィッツ〉は、肩書も含めて実在の人物だ。
「さすがに視点人物のバログやその友人らは創作ですけれどね。例えば前作ですと1994年頃、ウィーンの博物館にドイツとオーストリアの抵抗運動事典というのが売っていて、その中にあった短い話に着想をえました。今回も洋書売場で別口の資料を探していたら、邦訳前のツヴァイグが隣にあったんです。パラパラ読んでみたらえらく面白いことが書いてあり、これは書きたいと思ったのが端緒です」