来春スタートの朝ドラ『エール』の脚本家(林宏司氏)の降板がNHKから発表(11月5日)され、「異例の事態」と報じられているが、過去には『エール』と同じように、脚本家が降板したケースがある。NHK大河ドラマ『勝海舟』(1974年)の倉本聰氏だ。
主演の渡哲也が病気のために降板し、倉本氏がキャスティングに奔走したが、それが仇になったという。
「倉本氏は見事に松方弘樹を口説き落としましたが、NHKのディレクターたちが反発したんです。台本の読み合わせにも参加して緩急や間の取り方を指導する“倉本流”も、『演出の領域に踏み込む行為だ』と受け入れられなかったと、倉本氏が自著で明かしています」(テレビ誌ライター)
菅原文太主演の国民的映画『仁義なき戦い』でも、シリーズ5作目『完結篇』(1974年公開)で脚本家の降板劇があった。
「『完結篇』はシリーズ5作目。それまで描かれていた第二次広島抗争は第4部の『頂上作戦』で終焉していましたが、東映はシリーズの大ヒットを受けて続編を決定した。しかし、脚本の笠原和夫氏は『第4部で終わっている』と主張し、脚本の執筆を拒否したのです」(ベテラン映画関係者)
ドラマでは、『3年B組金八先生』(TBS系)の脚本を25年間にわたって書き続けた“金八の生みの親”こと小山内美江子氏が、2005年の第7シリーズ途中で降板。当時75歳だった小山内氏の「体調不良」と発表されたが、「小山内氏とTBSの間で、作品の目指すべき方向性に溝が生まれていた」とも報道された。