肉牛1頭が育つためには、トウモロコシなどの飼料が約5トン必要とされる。意外に知られていないが、日本ではそのほとんどが「輸入飼料」だ。国産牛なのに、食べているエサは輸入ものばかり──そんな現状に一石を投じる「地元でとれた飼料用米で肉牛を育てる」という挑戦を追った。
熊本県北東部の菊池地域といえば、肉用牛の生産が盛んなことで知られる。菊池市で畜産業を営む中野貴哉さん(39才)は21才でこの仕事に携わるようになったというから、経験は20年近い。
「牛は人間のようにしゃべってはくれないので、毎日、牛舎の見回りをして体調の変化をこちらが気づいてあげなくてはいけません。毎日朝と夕方の1日2回、エサやりをしますが、食べ残しはないか、食欲がない牛はいないか、気を配ります。季節の変わり目は体調を崩しがちですから、特に注意しています」
中野さんは牛の飼育の苦労をそう語る。中野さんの牛舎で飼育される牛は350頭ほど。黒毛和牛や肉用のホルスタイン、両種の交雑種である。そのうち130~140頭ほどがホルスタインだという。
中野さんがホルスタインに与える飼料には、ある“秘密”が隠されている。トウモロコシや大豆、大麦などさまざまな穀物をすり潰して固めたペレット飼料をよく見ると、その中に白い粒が含まれているのがわかる。実はこれ、地元・菊池でとれたお米なのだ。
中野さんの牛舎だけでなく、菊池市などJA菊池管内では、7軒の生産者で合わせておよそ1000頭のホルスタインにお米を混ぜた飼料を与えて飼育しており、『えこめ牛』というブランドで売り出している。
実は、この取り組みが食料自給率の向上につながるとして注目されている。
◆国産牛でも食べるエサはほとんどが“輸入食品”
そもそも食料自給率とは、国内で消費されている食料がどれくらい国産でまかなえているのかを示す数字だ。日本はカロリーベースで37%(2018年度)にすぎず、先進国の中で突出して低い。
世界的な人口増加や新興国の経済成長によって食料の需要が高まっている上に、地球温暖化による気候変動などの不安定要因もある。輸入される食料ばかりに頼っていては、毎日の食卓に並ぶ食材が確保できなくなることもあるかもしれないのだ。
たとえば、肉について見てみよう。昨年度の自給率(重量ベース)は鶏肉で64%、豚肉で48%にとどまり、牛肉に至っては36%しかない。
牛肉の輸入は、オーストラリアとアメリカからの輸入が大半を占め、2か国で90%以上を占める。万が一、何らかの事情でこの2か国から牛肉が入ってこなくなれば、私たちは牛肉を食べることすらままならなくなる。
では、国産牛肉の生産を高めて消費がどんどん進めば、食料自給率全体が上がるのか──実は、ことはそう単純ではない。
牛や豚といった家畜に与える飼料は、大きく「粗飼料」と「濃厚飼料」に分けられる。粗飼料は、牧草や稲わらなどのことで、繊維質を多く含み、牛の胃腸を鍛え、健康な身体をつくる上で欠かせない。