【書評】『ナポレオン』1台頭篇・2野望篇・3転落篇/佐藤賢一・著/集英社/各2200円+税
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター教授)
ナポレオンの伝記、評伝は、昔からたくさん書かれてきた。小説の形にまとめた読みものも、いっぱいある。マンガになったものも、少なくない。日本におけるフランス史の人気を、マリー・アントワネットとともにささえ、二分する人物だと言える。
私は、そのどちらに関する書物も、けっこう読んでいる。こういうものに目をとおすと、書き手ごとのちがいもたのしめる。菊池寛には菊池寛のナポレオンがあり、城山三郎にも彼なりのナポレオンがある。そういう違いが、けっこう味わい深かったりする。
スタンダード・ナンバーの演奏ぶりで、ミュージシャンごとの個性を堪能する。枯葉でビル・エヴァンスとキース・ジャレットを聴きくらべる。あれと同じ娯楽に、読書をとおしてひたることができるのだ。
さて、佐藤賢一のナポレオンである。類書とくらべれば、あまり英雄的ではない部分に光があたっているなと、私はうけとめた。人として、男として器の小さいところも、見すごさないようにした小説だと思う。