誰もが夢見るものの、なかなか現実にならない夢の馬券生活。調教助手を主人公にした作品もある気鋭の作家、「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆する須藤靖貴氏が、レース前の馬のどこを見るべきかについてつづる。
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パドックで馬の周回を見ていると、「よし!」っと踵を返して馬券を買いに走る人がいる。せっかちな自分もそうだった。でも今は馬が地下馬道へ吸い込まれるまでじっと動かない。
「とま~れ」の合図で馬たちが脚を止める。「そこからが見どころ」とは、ある調教師の言葉。馬への指示者が厩務員から騎手に変わるとき、その日の馬のメンタルが顕になるというのである。
調教師の先生が馬に駆け寄る。私は馬に感情移入してみる。2歳、3歳ならば義務教育の生徒くらいだろうか。私が成績芳しくない悪童ならば、先生が寄ってきたら身構えるよなあ。そもそも、競走馬は調教師と騎手がそれほど好きじゃないらしい。
いつも飼葉をくれて優しく脚をさすってくれる厩務員のことは大好き。速く走れとムチをふるう騎手はやや苦手(勝ったときには首を撫でてくれるけど)。その騎手に怪しげに耳打ちする調教師は…。「とにかくムチでひっぱたけ!」ってか? きちっとネクタイをした親分と派手な服を着た人がワタシをいじめようとしている!
過日、そんな場面を見た。いいなとマークしていた馬が、調教師が寄ったときに2、3歩後退したのである。周回で感じた前進気勢が削がれたと思った。その馬、レースでは掲示板を外した。もし焦ってパドックを後にしていたら、きっと馬連やワイドに絡めていただろう。