誰もが夢見るものの、なかなか現実にならない夢の馬券生活。調教助手を主人公にした作品もある気鋭の作家、「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆する須藤靖貴氏が、レース前に馬がパドックから本馬場へと移動する薄暗い通路で見せる本性についてつづる。
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競馬場での服装をどうするか。札束を内懐に収めるためのジャケット着用が望ましいわけだが、足元は履きなれたスニーカーに限る。とにかく歩く。そして走る。年甲斐もなくダッシュもする。競馬場に通っていれば、トレーニングジムなどに高い会費を支払う必要などないのだった。
周回を終えた馬が尻尾を振りながらパドックから消える。私も速足で館内へ。馬券購入を焦っているのではない。地下馬道を行く馬をモニターで確認する。パドックで絞りこんだ馬の立ち居である。急がなきゃ!
パドックと本馬場をつなぐ薄暗い通路。ここ、軽視されていませんか? 前に触れた「面従腹背」タイプも、衆目ではない地下馬道でこそ本性を顕すかもしれないではないか。
「ここを抜けるとレースか。あの独特の緊張感、イヤだな。鞭で叩かれるしさ」などと感じている馬は、地下馬道でこそネガティブさを顕しそうである。ここで走り出す馬もいる。馬は走ることで安心する。気持ちの乱れが出てしまうのだろう。
そんな馬の気持ちを厩務員も騎手も承知しているから、ときに優しく。ときに力強く馬を誘導する。優しすぎてもダメで、人間があまり下手に出ると馬は自分の主張が通ると思ってしまうそうだ。
人間の意図を汲み、本馬場までじっと不安に打ち克てるような従順な馬がいい。