作家の甘糟りり子氏が、「ハラスメント社会」について考察するシリーズ。今回は、あるレストランで痛感した、無自覚な差別が一番たちが悪いという一件。
* * *
昨年末、あるレストランに行った。ワインが充実しているとのことだった。仕事関係の男性との打ち合わせで、予約名はその男性だった。こぢんまりとした店内は活気に満ちていて、私たちはカウンターに腰を下ろした。
ソムリエは私の右隣に座る男性に軽く挨拶をしてから、メニューやワインの説明を始めた。メニューについて二、三ごく普通の質問をすると、ソムリエは一瞬だけ私の方を向くのだけれど、すぐに顔の向きを変え、ほとんど隣の男性に向かって答えていた。あのう、私が聞いているんですけどぉ。途中からメニューのこともワインのことも知りたい気持ちが萎えてしまって、注文は男性に任せた。
仕事の話をしながら、何種類かのワインを飲んだ。満席の中、タイミングを見計らってソムリエが男性にワインの話を振った。男性が感想を述べると、ソムリエは嬉しそうに奥の棚からその銘柄の説明書きや畑の写真を取り出してきて、男性にだけ見せた。私はわざわざ覗き込む気にはなれず、隣で愛想笑いを作りながら、ワインを飲んだり鴨を口に運んだりしていた。男性が気を使って私に話しかけ、資料の内容を教えてくれ、私はそれに対して相槌を打った。それでもソムリエは男性にだけ話しかける。気がつかないうちに私が何か失礼なことをしたのだろうかと不安になった。
店には他にも男女で来ている人が何組かいて、女性だけのグループは1組だった。興味本位で観察してみたら、ソムリエは他のお客にもおしなべてそんな調子だった。男性だけに話しかけ、男性だけに感想を求め、女性はいないもののように振る舞う。私が失礼なことをしたわけでもないようだけれど、そもそもなんで? どうして? うがった見方をすれば、支払いは男性がするものと決めつけ、接客は支払う人だけにするものという信条なのかもしれない。ちなみに女性だけのグループには必要なやりとりのみだった。どうやら信条なんて大げさなものではなく、条件反射的に男性を優先していると考えるのが最も妥当である。
仕事の打ち合わせなので一緒にいた男性が支払い、領収書をもらった。店を出る時、ソムリエはドアの外まで挨拶に来た。そこの会話でも、私は無視され続けた。
「そういえば、〇〇、行きました? 私、まだ行ってないんですよ」
と、ソムリエがあるレストランの名前を出してきた。私はついうっかり口を挟んでしまった。
「この間、行きましたよ」