【書評】『芦川いづみ 愁いを含んで、ほのかに甘く』高崎俊夫・朝倉史明・編/文藝春秋/2700円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
旧作日本映画の上映館である東京神田の「神保町シアター」では、何度も「芦川いづみ特集」が行なわれている。ある時、上映の前に芦川本人の音声メッセージが流れた。六歳年下の藤竜也との結婚を機に完全引退してから半世紀以上、表舞台から消えた女優のやさしげで、落ち着いた声であった。「わたしは、おかげ様で毎日を元気に過ごしています。どうぞ皆様も、お元気で、お過ごしください」。
え、まさか、というその時の驚きと、なんとも言えない至福感がそのまま一冊に詰まったようなデビュー65周年記念出版本である。当時のスチール、ポスター、雑誌のインタビュー記事だけでなく、本書の目玉は現在の芦川いづみ(というより本名の伊藤幸子さん)のロング・インタビューが収録されていることだ。
川島雄三監督に見出されたSKD(松竹歌劇団)時代から、今も毎年一回集まる元日活の女優さんたちの交流までが語られるが、話題の中心は、出演作品である。自身が一番好きな「佳人」、聖少女役に挑み、台本のセリフを色分けした「硝子のジョニー 野獣のように見えて」、黒ぶち眼鏡の女史姿が似合っていた「あした晴れるか」、清純な女子大生の「あいつと私」……。藤竜也との結婚をサポートしてくれた石原裕次郎の思い出も。
「ほんとうに、わたしほど幸せな人間はいないなあと思いますね」。