その女性は、地元の名家に嫁に来た。誰もが羨む結婚で、その時代の女性に「最期まで義親の面倒を見ること」は疑う余地もなかった。家族は「村いちばんの嫁」と自慢した。だが、日本の地方に残る美しくも残酷な家族の因習の果てに、ある夜、彼女は義父母と夫に手をかけた──『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)の著者でもあるジャーナリスト・高橋ユキ氏による渾身の現地ルポ。(敬称略)
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福井地検は2月下旬まで、岸本政子容疑者(71才)に刑事責任能力を問えるかどうかの精神鑑定を行うという。
あの夜、政子は自ら大量の睡眠薬をのんで自殺を図った。決して楽な死に方ではなく、のたうち回るような苦しい死の迎え方である。それでも、政子は瀕死の状態で見つかった時、すでに布団の中で冷たくなっていた夫の手を離すことなく、しっかりと握り続けていた。
立派な日本家屋の2階の寝室。この家に嫁いで、何十年と「長男の嫁」として生きてきた。思いやりのある家族の中で、義父母を最期まで看取ることは、当然のことだと思っていた──。
福井県敦賀市の北端にそびえる高速増殖原型炉「もんじゅ」。計画当初は“夢の原子炉”として期待されたが、ナトリウム漏れ事故などにより、2016年に廃炉が決定した。そこから南西に車で20分。畑と家屋が点在する長閑な集落の南端に、事件の舞台となった一軒家はある。
庭の木々はきちんと整えられており、掃除も行きとどいている。玄関の引き戸には、誰が訪問したかがわかるようにという取り決めか、親族の名前が書かれたシールが何枚も貼られていた。突然に家主を失った家を、定期的に訪れて守っているのだろうか。
昨年11月17日未明、その家の中から、太喜雄(当時70才)とその両親である芳雄(同93才)、志のぶ(同95才)が遺体で見つかった。死因はいずれも頸部圧迫による窒息死。同居していた太喜雄の妻、政子の犯行だった。