世界的に有名な浮世絵師・葛飾北斎は90歳で天寿を全うするまでに約3万点の作品を遺したと言われる。彼の真骨頂は一点物である「肉筆」の美人画だ。北斎は23歳から春画を手掛けているが、そのほとんどが版画で、肉筆の作品は2点しか見つかっていなかった。
そんななか、昨年、国内で新たな肉筆春画が2点発見されたのだ。発見に関わった美術関係者が言う。
「昨年1月に発見されたのが一点物の掛軸『閨中交歓図(けいちゅうこうかんず)』です。特に貴重なのが“戴斗”と署名されている点です。実は北斎には年代ごとに複数の署名があり“戴斗”号は50代頃に名乗っていたものです。
これまで北斎の肉筆春画で署名入り作品はないとされていたため、非常に稀有です。昨年夏発見の『春愁図(しゅんしゅうず)』のほうは、絹地に描かれ着色も濃厚な作品ゆえ、当時の画料も高かったはずですが、希少性の点から前者のほうにより高値がつきました」
これら2点は発見直後に買い取られ、現在は別々の個人の所有物となった。そもそも春画における「肉筆」とはどんな価値があるのか。国際日本文化研究センター名誉教授の早川聞多氏が解説する。
「浮世絵には大きく2種類あります。版元、絵師、彫師、摺師の四者分業で仕上げる ”本版画”と、絵師自らの筆で絹や紙に描く“肉筆絵”で、ほとんどが本版画です。北斎は生涯描き続けましたが、精力的に色摺りの春画本を手がけるようになったのは50~60代にかけてです。特に肉筆は80代前後に最も多く描かれたとされていただけに、50代の“戴斗”号の作品が発見されたことは驚きでした」