【書評】『危機に立つ東大──入試制度改革をめぐる葛藤と迷走』/石井洋二郎・著/ちくま新書/840円+税
【評者】山内昌之(武蔵野大学特任教授)
旧制高校気分を漂わせていた時分、一部の大学生は、“意識の高いヤツ”という言葉をよく使ったものだ。単純な頭の良し悪しだけでない。物事の説明能力が高く信念や抱負も並でない学生は、“意識が高い”と畏敬されたのだ。
この本の著者は、典型的に“意識の高いヤツ”なのである。東大の秋入学の実現がすぐに国際化に役立つという思い込みに根拠がなく、英語民間試験にひそむ危険な罠などを明解に説明していく論理の展開や説得力は、まるで歌舞伎の千両役者の見得が決まったような快感を覚える。他方、論破された結果だろうが九月入学論が消え去ると、東大の国際化路線を頓挫させたのは駒場の教養学部だという「いわれのない批判」を受けたそうだ。
総長の意志が一学部の抵抗で挫折するなどは、企業人的なガバナンス感覚からすればとんでもないという議論が普通だろう。しかし、著者は企業と大学の違いを強調し、執行部が「現場の感覚」を尊重しなければ教育改革は成功しないと言いたげだ。
おそらく東大でも駒場以外では「現場」という言葉を聞かないはずだ。十八歳くらいの未成年が大挙して入学して、言葉遣いも社会常識も未熟な若者の輝きを伸ばす機会も、九月入学への移行で消えてしまうのではないか。著者の危惧に共感を覚えるのは、私も三〇年ほど「現場」で過ごしたからだ。