「好きなことで、生きていく」とは、2014年に人気YouTuberが出演したCMで使われた言葉だ。自分が趣味とするもの、好きなことで生きるという人生の歩み方は、YouTuber出現よりも前、1990年代の若者たちも選び始めていた。それは、彼らが社会に出る時期と就職氷河期が重なったがゆえの、実際は消極的な選択だったかもしれない。その後、好きなことで生きているが、何か違う大人になったという思いも消えない。鬱屈した彼らを「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。今回は、好きなことだけして生きている46歳のカメラマニア男性についてレポートする。
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「汗かいちゃった、もうだくだく」
串田明夫さん(仮名・46歳)は私の知る串田さんのままであった。汗を吸ったバンダナ、チェックシャツにベスト、靴は某タイヤメーカーのロゴが誇らしく刻まれた靴。串田さんはぶれない。私と知り合った20年前から、そのファッションが変わることはない。自転車で来るのもいつものこと、免許のない串田さんは自転車でどこへでも行く。串田さんの実家は足立区の北部だが、待ち合わせはここ秋葉原。串田さんにとってこの程度、普通である。見かけによらない甲高い声も変わらない。
「でね、日野さん。これ新しいカメラ。冬コミはこいつが主力でいくよ」
年末のコミックマーケットへの意欲を語りながら、バッグからカメラを取り出す。これもいつもどおり。彼はいつでもカメラを持っている。スマホの内蔵カメラではプライドが許さない。なかなかのデジイチ(デジタル一眼カメラ)だ。
串田さんはカメラマニアである。私と出会ったころは20代、カメラ小僧だったが、いまはカメラおじさんか。カメラと言っても芸術やスポーツの分野ではない。被写体はコスプレイヤーで、コスプレ撮影一筋だ。イベントではメインだけでなくサブのカメラもぶら下げ、かつてはバズーカ砲のような望遠を何本も持って行った。
「最近いろいろうるさいからね、なるべく望遠は使わないよ」
1990年代、私もかつて仕事で何度もコスプレに関わる取材をした。主にコミケで、もちろんコンプティーク編集部としてコミックマーケット準備会に正規のプレス申請をした、健全なコスプレ撮影である。もう26年も昔、会場が晴海の東京国際見本市会場だった時代である。当時はコスプレイヤーのみなさんから簡単に掲載許可がとれた。むしろ掲載してくれと頼まれることのほうが多かった。いまは時代が違うのか、個人情報に敏感なのだろう、プレスでも断られることも多く、むしろ敬遠されることもあると聞く。