東京五輪の代表内定に向けた選考レースが佳境を迎えている。新進気鋭の選手も、前回五輪の王者も関係ない。限られた枠を巡る争いを、ノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする。
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五輪を前に最後の1枠を巡る代表争いが、熾烈を極めているのが男子マラソンだ。昨年9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)を制した中村匠吾(富士通)と2位の服部勇馬(トヨタ自動車)が内定。残された1枠は3月1日の東京マラソンと同8日のびわ湖毎日マラソンで争われるものの、代表入りには「日本記録(2時間5分50秒)の更新」という条件が付く。
もし達成者が出なければ、日本記録保持者である大迫傑(ナイキ)が3枠目に飛び込むレギュレーションである。タイムとの勝負にもなるため、起伏が少なく好タイムが狙える東京マラソンに大迫や設楽悠太(ホンダ)ら有力選手が集中する。
「MGCがあんな結果(27選手中最下位)でしたから、そっと静かに応援してあげたいという心境です。最下位になったことは、今までの競技人生でなかったこと。本人は意外にも明るく前を向いていました」
そう話したのは、2018年のアジア大会金メダリストである井上大仁(MHPS)の母・康子さんだ。「4強」の一角としてMGCに出場した井上は、スタート直後から出遅れ、地元の長崎でテレビ越しに見守っていた両親は、ほとんど画面に映らない息子を案じていた。
「子どもの頃、球技が苦手で、短距離も遅く、運動が得意ではなかったんです。中学に入って始めた陸上で、自分の居場所を見つけた。東京マラソンは記録との勝負。目的ははっきりしているのだから、中学生の頃のように、楽しく走ってくれたら……」
崖っぷちに立つ井上は家族で好んで履いていたアシックス社製ではなく、長距離界で猛威を振るうナイキ社の厚底シューズでラストチャンスに臨む。