【書評】『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』/木村知・著/角川新書/840円+税
【書評】香山リカ(精神科医)
新型ウィルスが世界をパニックに陥れている。「有効な治療法もワクチンもないのです!」とテレビは絶叫し、私のクリニックにも「寒気がする。例の肺炎では」と駆け込んでくる患者があとを絶たない。その顔面はたしかに蒼白だが、それはウィルスではなくて恐怖や不安によるものだろう。
本書は現役医師である著者が、社会的な視点からいまの日本の医療をめぐる問題を鋭く語った一冊だ。実は臨床の名医には、この“社会的な視点”が驚くほど欠けていることが多い。
本書にあるように、日本の企業社会が「カゼくらいで休むな」「カゼは体調管理ができてない証拠」といったスパルタ精神で成り立っていることさえ、知らない医師がほとんどなのだ。そして、企業戦士である患者に乞われるがままに、熱を下げる薬やカゼのウィルスには効果ゼロの抗生物質などを処方してしまう。
また著者は、豊富な臨床での経験を通して、「病気は自業自得、自己責任というのは的外れ」と言い切る。医療費を抑えたいならば、むしろ社会保障が必要な人にきちんと行きわたるようにするのが得策なのに、貧しい人や住居がない人たちを追い詰め、必然的に病気になる人を大量に増やすのはまさに本末転倒。