【書評】『地形の思想史』/原武史・著/KADOKAWA/1800円+税
【評者】川本三郎(評論家)
学者は地方へ旅に出なければいけない。東京を中心とした首都圏にいただけでは現代も、そして過去の歴史も見えてこない。柳田國男の考えに導かれるように日本政治思想史研究者の著者は地方へ旅に出る。旅から日本の近代を、さらには歴史の古層を考えてゆく。司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズを受継いでいる。
地形を手がかりに旅をする。岬、峠、島、山麓、湾、台地、そして半島。具体的には浜名湖の奥にある岬、奥多摩から甲州にかけての峠、瀬戸内の島、富士山の麓、東京湾岸、相武台と呼ばれる相模の台地、そして大隅半島。第一章の岬から引き込まれる。これまであまり語られてこなかったことだから。
浜名湖の奥にプリンス岬と呼ばれる小さな岬がある。なぜその名が付いたのか。現上皇は皇太子時代、家族と共にこの岬に八回も訪れ夏の休暇を過した。子供だった浩宮(現天皇)は湖で泳いだり、地元の子供たちとソフトボールを楽しんだりした。一家が泊ったのは御用邸ではなく民間の木造平屋住宅だった。著者は、一家がそこで固苦しい暮しをいっとき離れ、マイホームを楽しんだのではないかと推測する。