わずか8席からなるカウンターに座ると、東京・青山「匠 進吾(たくみ・しんご)」の主人、高橋進吾さん(41)が、「さあ、今日はめいっぱい美味しいものを食べていただきますよ」とばかりに、満面の笑顔でもてなしてくれる。
この高橋さんの全身からにじみ出る細やかな心配りは、すべてのつまみ、握りでも見事に表現される。
たとえば、北海道産のサクラマスを昆布でしめて皮に燻製の香りを移した赤シャリの一貫──。
高橋さんが考案したこのスペシャリテを口にした瞬間、なめらかな脂感、旨味、酸味、赤酢のまろやかな甘味、そして燻香などいくつもの味と香りが混然となってパッと広がる。繊細で上品だが、力強さも秘めている逸品。思わず言葉を失う重層的な旨さなのだ。
高橋さんが鮨の世界に飛び込んだのは、16歳のとき。以来、四ツ谷の名店「すし匠」の中澤圭二親方(現在はハワイの「すし匠ワイキキ」親方)のもとで10年以上にわたって学び、その後、博多の居酒屋、五島列島の漁師、宮城の酒蔵などでも修業。18年を経て独立し、現在の場所に店を出したのは、2013年5月、34歳のことだった。
「最初のうちは、『すし匠』にいたといっても築地では信頼もなくて、いい魚をまわしてもらえなかった。でも、2、3年通ううちに扱える魚が変わってきた。そして中澤さんに教わったことをカスタマイズし、自分なりの仕込みもできるようになって、だんだんスタイルが確立していったんです」