新型コロナウイルス騒動で、国に先駆けて道内の小中学校の一斉休校を要請した北海道の鈴木直道知事(38)。「政治判断の結果責任は私が負う」と断言し、緊急事態宣言の発表やPCR検査体制と病床数の増強を行うなど、迫る脅威にリーダーシップを発揮して注目される若手知事は、これまでの半生で数多くの困難を乗り越えてきた。
全国最年少で広大な北海道の首長となったイケメン知事には華やかなイメージがあるかもしれないが、実は苦労人だ。高校生の頃に両親が離婚し、引っ越しや工事現場などでアルバイトをしながら高校に通った。高卒で東京都庁に入庁すると、昼間は働いて夜は法政大学の二部で地方自治を学んだ。大学では体育会のボクシング部に所属し、公務員、大学生、ボクサーという「三足のわらじ」を履きこなした。
2008年1月に東京都の猪瀬直樹副知事(当時)の提言で、北海道夕張市に出向。かつて炭鉱の町として栄えた夕張は2007年に財政破綻し、行政サービス削減で図書館や公衆トイレが閉鎖されて、市役所では全体の半数近い100人ほどが退職した。苦境に追い込まれた市民は「よそ者」に心を開く余裕を持たなかったが、東京からやって来た26歳の若者は身一つで雪降る街に飛び込んだ。
経費削減で17時に市役所の暖房が切れた後、マイナス10度の厳寒のなかスキーウエアを着て仕事を続けた。週末は除雪ボランティアに顔を出し、様々な団体の会合や活動にも積極的に参加した。予算が限られるなか、「お金がなければ、ないなりにやる」をモットーに、それまでの夕張の若手職員では考えられなかった提案を次々に行った。
夕張市の目玉イベントである「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」では、特産品である夕張メロンの濃縮果汁を使ったポップコーンのアイデアを出した。大事なブランド品だから農協が協力しないだろうと周囲が躊躇するなか、「映画祭で売れれば、今度はメロンのある時期に来てくださいとPRできる」「夕張メロンは商標だから農協にロイヤリティが入る」と説得して、とうとう農協にゴーサインを出させた。