【著者インタビュー】
せきしろ×又吉直樹
『蕎麦湯が来ない』/マガジンハウス/1400円
【本の内容】
2009年『カキフライが無いなら来なかった』、2010年『まさかジープで来るとは』に続く第3弾。5・7・5の形式を破り自由な韻律で詠む「自由律俳句」と、エッセイ、写真で構成。自由律俳句にはエッセイの濃縮されたエッセンスを、エッセイには自由律俳句に詠まれていない奥行きが感じられる。二人がその目で捉える世界の可笑しさと優しさは、どこか自意識過剰で生きづらそうで、じわじわ胸にあたたかな気持ちが広がって、読む手が止まらなくなること請け合い。
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蕎麦湯が来ない。このタイトルを一読し、何を想起するだろうか。
たとえば…蕎麦湯が来ないので、頼みたいんだけど、これだけ待っても出てこないということは、そもそも蕎麦湯はないのかもしれない。だったら、すげない対応をされるのは嫌なので黙っていようか…不安感によって期待感が少しずつ侵食されつつある心がオーバーラップしてくる。
同書は文筆家・せきしろと又吉直樹の自由律俳句集の第3弾だ。自由律俳句とは定型俳句と異なり、「5・7・5」のリズムにも、季題にも、とらわれる必要はない。自由律俳句の両巨頭といえば、種田山頭火と尾崎放哉だ。山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」や、放哉の「咳をしても一人」などはあまりにも有名である。
このタイトルも、じつは、そんな自由律俳句のうちのひとつである。せきしろは言う。
「定型は僕の中では完全に静止画のイメージ。一方、自由律は、その前後を想像させる。短い動画みたいなものかもしれません」