ちょうど約一年前に一斉摘発された特殊詐欺グループのタイの拠点は、建物こそ高級リゾート地の邸宅だったが、何人もの日本人男性が軟禁状態でかけ子として電話をかけ続けていた。詐欺の海外拠点といえば、奴隷状態で働かされているのが普通だった。ところが、昨年から摘発が続くフィリピンでの特殊詐欺では、収監されたリーダー格の男性を心配して現地の女性が面会に訪れるなど、軟禁状態とはほど遠かった様子が見えてくる。なぜ海外でのかけ子の生活が変わったのか、ライターの森鷹久氏がレポートする。
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「彼は……名前は知りませんが何度かお店に来たことがありますね。彼女と彼女の友達っぽい女性と3人で来店されたこともありました」
Facebookのビデオチャットを使ったインタビューで筆者にこう明かしたのは、フィリピン・マニラ市内の飲食店従業員の邦人男性(20代)。現地を訪れる日本人観光客に人気のナイトクラブなどが点在する繁華街に位置する飲食店に、昨年11月、フィリピンから日本国内に「特殊詐欺電話」をかけていたとして逮捕された日本人36人のうちの一人・M容疑者(20代)が通っていたというのである。筆者がMのSNSアカウント、そしてそこに掲載されていた写真を見せると、散らばっていた記憶の糸が繋がったかのように続ける。
「昨年の秋頃からですね、来られるようになったのは。スポーティーなファッションで、今時の日本人の若い男性という感じ。来られる度に、腕や顔、手にタトゥーが増えていったんで覚えています。連れていた女性はフィリピンの方、おそらくナイトワークをされている女性で、最初は客と従業員、いわゆる『アフター』風だったのですが、そのうち懇意になり、最後はお付き合いをされていたと思います」(飲食店従業員)
だとすれば、いわゆるオレオレ詐欺など「特殊詐欺」について取材を続けてきた筆者にとって、一つの説が崩れたことになってしまう。
例えば、フィリピンやタイ、そして中国などに渡り、そこから日本国内に詐欺電話をかけて逮捕されたという日本人のほとんどは、自らの借金などを理由に、まとまった金を集中して稼ぎたいと海外へ割のいい仕事をしにいったつもりでいた。彼らは帰国後に「奴隷のような状態だった」「監視され逃げられる環境ではなかった」と異口同音に、自身が「騙されて詐欺に加担した」と弁明するばかりだった。
ここでの「騙された」というのは、ほとんどの場合で「詐欺をやらされるとは知らなかった」ではなく「儲かるし遊び放題だと聞いていたのに、実態は違った」というものだ。だがMの場合は、海外拠点で仕事をするきっかけは以前の騙されたと主張していた人たちとあまり変わらないのだが、現地で彼女まで作り、夜な夜な繁華街を遊び歩いていたということになる。