【書評】『北斎 十八世紀の日本美術』/エドモン・ド・ゴンクール・著 隠岐由紀子・訳/平凡社/3200円+税
【評者】山内昌之(武蔵野大学特任教授)
文学賞に名を留める19世紀フランスの文芸家ゴンクールは、フランス人こそ日本が忘れていた偉大な芸術家を発見したと自慢する。本書『北斎』は、絵がなくても、人物や情景を繊細に描写し絵の個性を際立てる文章力で葛飾北斎の芸術性を再現した。
欧州に北斎を紹介したいオランダ商館長と医師が日本の男女の一生を素描する絵2巻を北斎に150両で描かせた時、医師は値切りを図ったが北斎は承知しない。がみがみ五月蠅い妻に“踏みつけにされるより貧乏の方がましだ”と言い放つ。
北斎を訪れた尾上梅幸が畳の不潔さにたじろいだのを見て追い返し、将軍家御用達が絵の注文に来るとわざと着物のシラミを集めるなど、「すべての偉大な芸術家によくあるように偏屈な性格」を著者が的確に素描するのも楽しい。
ゴンクールは、日本の読み物が嫉妬と復讐に動かされた悲劇的な恋物語だと語る。戦い、暗殺、拷問、自決、腹切り、晒し首などのシーンが描かれる戯作に、活気ある美しい情景を挿絵として添える北斎の才能は見逃せない。滝沢馬琴の『椿説弓張月』の挿絵は北斎の傑作かもしれない。