東京で観測史上最も早く桜が開花して5日、桜並木の坂道をのぼった先にある東京・世田谷区立桜丘中学校では、新型コロナウイルスの影響で規模は縮小されながら、無事、卒業式が行われた。
この日卒業を迎えたのは3年生184人。そしてもう1人、2010年より校長を務め、教員生活を終える西郷孝彦さん(65才)だ。
西郷さんが校長として在籍した10年の間に、どの学校にもあたり前にあるものが、この学校では少しずつなくなっていった。まず、授業の始めと終わりを告げるチャイムが鳴らない。授業中に昼寝をしていても叱られないし、教員が強い口調で話すこともない。
校則はなく、登校時間も服装も髪形も自由で、タブレットやスマートフォンを使用してもかまわない。教室に入りづらい生徒は、授業中に廊下に出て自学してもいい。
これらは闇雲に廃止されたわけではない。「インクルーシブ教育」の観点から、“すべての生徒が3年間楽しく過ごせる学校にする”ために、試行錯誤の末になくしてきたのだ。
「インクルーシブ教育」という言葉は、昨今、急速に教育現場で広まってきた。障害のある子どもが、普通学級で教育を受けることを指すと誤解されがちだが、そうではない。障害がある子どもも、そうでない子どもも、「ともに学ぶ」ことを意味していると、教育評論家の尾木直樹さんは言う。
「インクルーシブ教育とは、子ども一人ひとりの個性や特徴を認め、多様性を受け入れるというもの。子どもが100人いたら、100人の能力を伸ばそうという考え方です。
習熟度の低い子に合わせていると、ほかの子が適切な指導を受けられなくなるとか、学習が深まらないとか、以前はそんな意見が出た時期もありますが、それは誤解です。
実際、きちんとインクルーシブ教育を行っている現場では、むしろ子どもたちの学力も伸びています」
この世には、誰ひとり同じ人間はいない。しかし、これまでの学校教育は、生徒をひとつの型に押し込め、そこからはみ出した子どもたちを、「不良」や「落ちこぼれ」とレッテルを貼って排除してきた。現代ではそれを「不登校児」などと呼び方を変えただけだと、尾木さんは続ける。
「インクルーシブ教育が正しく実践されている桜丘中学校では、どんな子にも居場所がありました。発達障害や知的障害、不登校や帰国子女など、“困難を抱えている生徒”だけに居場所があるのではありません。勉強が好きな子にも、ギターが好きな子にも、部活をがんばっている子にも、そしてもちろん、普通といわれる子たちにも、桜丘中学校は大切な居場所になっています」
◆5割近くが越境入学を希望
こうした桜丘中学校の革新的な取り組みについて、本誌・女性セブンが初めて紹介したのは、1年前の2019年3月14日号のこと。その後も数回にわたって特集してきたが、その反響は回を追うごとに大きくなり、同校の人気も高まっていった。
2019年度には、区域外から桜丘中学校に越境入学を申し出る家庭が、全入学者数の5割に迫った。それが意味することを、考える必要があるだろう。
一方で、多くのメディアで取り上げられるようになると同時に、厳しい意見もまた、多く寄せられたと西郷さんは言う。