音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、男性を女性に替えて古典を作り直している柳亭こみちについてお届けする。
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柳亭こみちが2月19日に内幸町ホールでの独演会「さいわい坐こみち堂」で披露した『井戸の茶碗』が素晴らしかった。
浪人の千代田卜斎が屑屋に仏像を売るのが本来この噺の発端だが、こみちは千代田が10年前に流行り病で亡くなり、その奥方と娘みよが二人で長屋に暮らしているという設定に変えた。女手一つで娘を育ててきた奥方が困窮して屑屋に売った仏像は、千代田家に代々伝わるもの。そこから50両が出たと言われた奥方は、大事な仏像を手放した自分を恥じて金を受け取らない。娘みよも父の教えを引き合いに出し、「私はこの50両で裕福な暮らしをしたいとは思いません」と母に同調する。
大家の仲裁で、仏像を買った高木作左衛門が20両、間に入った屑屋が10両受け取り、奥方は20両を受け取る代わり、自分が千代田家に嫁ぐ際に持参した茶碗を差し出す。「これは母の生家に伝わるもので、いわば私の嫁入り道具。これをお渡しするのであれば、仏像を手放した私を千代田も許してくれるでしょう」と奥方は言う。この演出は見事だ。これなら実はこれが高価な井戸の茶碗であったことも説明が付く。
細川の殿様からの300両を二分するという高木の提案に対して奥方は「女はどなたに娶っていただくかが最も大事なこと。高木様は亡き千代田の志を継ぐかのような、真っ直ぐな若侍と見ました。娘を娶っていただけるのであれば、150両は支度金としてありがたく頂戴いたします」と言い、「いかがですか、みよ」と尋ねると、娘も「母上のおっしゃるとおりに」と賛同する。この流れも実に自然だ。ここで奥方が「娘には女一通りのことをこの私が教えました」と言うのも説得力がある。