4月8日はブッダ(釈迦)の誕生を祝う花祭りの日。今年は新型コロナへの対応で規模縮小が見込まれるが、例年であれば、小さな仏像に甘茶をかけて祝う儀式が各地の寺院で行われる。作家で仏教研究家の平野純氏が、古い仏典(仏教の聖典・経典)に記されたブッダの「誕生伝説」の背景を解説する。
* * *
ブッダの生涯の伝承は、膨大な数におよぶ仏典のなかでさまざまな「捏造」をほどこされました。
仏典が作られたのはブッダの死後、弟子たちの手によってでした。そもそもが亡き師の偉大さを伝える目的をもつものでしたので、「神話化」がベースの叙述になったとしても不思議はありません。
ブッダの生涯は、国王の跡継ぎとしての誕生の後、少年時代から青年時代、そして「出家」のいきさつへと象徴的な節目の出来事に焦点をあてながら、超人的な伝説に彩られることになります。
たとえば、生まれた直後、ブッダがすっくと立ちあがり、七歩歩いたところで、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」──世界のなかで尊ばれるべき人間はわたし一人だと宣言したという言い伝えは、最も有名なもののひとつです。
仏典では「誕生偈(げ)」の名で知られる伝説ですが、ブッダの誕生日には2月8日と4月8日の二説があり、中国の僧侶たちが後者を採用したため、日本の寺院では毎年4月の上旬に、片手で天を、もう片方の手で地をさす小さな誕生仏をまつり、めでたい甘茶をかけて祝う花祭りの儀式がいとなまれることになりました。
もっとも、時代がくだって江戸時代ともなると、せっかくのこの伝説もパロディの種となり、落語の寄席などでも、赤ん坊のブッダが天地を指さして「天上天下唯我独尊」と口にする。それを聞いた熊さん八っつあんが「何をこのガキがしゃらくせえ!」と甘茶をぶっかけるとブッダは喜んでカッポレを踊ったという不謹慎な噺(はなし)が人気を得ることになりました。