お笑い界最大の祭典「M-1グランプリ」2010年大会。制限時間内に多くのネタを詰め込むことを定石とする同大会で、あえてテンポを緩める漫才で「M-1史上最大の革命」と呼ばれたのがスリムクラブ(真栄田賢・44歳と内間政成・43歳)だ。だが、彼らは大会の直前まで「漫才には自信がなかった」と語る。そのコンビが「スローテンポ漫才」を生み出すまでの秘話を、ノンフィクションライターの中村計氏がレポートする(全5回連載/第4回)。
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そのときもまた、ガードレールで飲んでいた。2010年8月31日、キングオブコントの準決勝の日だった。スリムクラブは三度目の挑戦で、初めて準決勝までこぎつけた。ネタを終え、会場となった赤坂BLITZの外で、2人はビールを傾けつつ、ネットで流される結果発表を待っていた。内間は愉快そうに回想する。
「キングオブコントの予選の中では、今までいちばんウケたんですよ。終わったとき、おっしゃーみたいな感じで。おれは決勝に行くと思ってたんで、打ち上げみたいな気分でした」
一方の真栄田は、その日の出来を苦い表情でこう追想した。
「“亜空間”に入り込んでしまったかのようでしたね。滑り方が、意味わからなかった。なんか黒い渦に飲み込まれちゃったっていうか。準々決勝はあんなにウケたのに何でよ、って。もう終わったと思いましたね」
記憶は時間とともに書き換えられるものだが、それにしてもコンビ間でこれほどまでに異なるというのも珍しい。
どちらの記憶がより正確だったかはわからないが、結果は、落選だった。エンタの神様への出演が消滅してから、2年近く経ち、もう後がないと思って臨んだキングオブコントだった。重い空気が流れる中、内間は突然、「大事な話がありまして……」と切り出した。
「どうした?」
「子供ができました」