音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、爽快な余韻を残す見事な演出だった三遊亭兼好の『ちきり伊勢屋』についてお届けする。
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3月2日に聴いた三遊亭兼好の『ちきり伊勢屋』に感動した。随所で笑わせて最後に泣かせる逸品だ。
麹町の質屋ちきり伊勢屋の若い主人傳次郎が易者の白井左近に「あなたは来年2月15日に死ぬ」と告げられる。店に帰った傳次郎は番頭に「これからは好きなように生きるよ」と宣言、番頭は「そうなさいませ」と優しく言う。兼好演出のポイントは、傳次郎に愛情を注ぐこの番頭の存在だ。傳次郎は店を畳むが、番頭は「私は最後まであなたのお世話をしたい」と申し出る。幼くして親を亡くした傳次郎にとって、番頭は父のような存在だった。
番頭は傳次郎に遊び仲間として相模屋の若旦那(正太郎)と幇間(半平)を紹介する。傳次郎は金を使い果たそうとするが、遊びだけでは使いきれない。番頭は「困っている人に施しをなさいませ」と助言する。通常は白井左近が傳次郎に「来世のために施しをしろ」と言うのだが、兼好はそこを変えている。
2月15日、自ら弔いを行なった傳次郎に番頭が「おそばにいて嬉しゅうございました」と別れを告げると傳次郎は「来世では本当の親子でいようね、頼むよ」。泣ける台詞だ。