【書評】『ハナ肇を追いかけて 昭和のガキ大将がクレージーキャッツと映画に捧げた日々』/西松優・著/文芸社/1300円+税
【評者】川本三郎(評論家)
意外なことがある。一九九三年に六十三歳で病没したハナ肇について書かれた本はこれまでなかった。無論、クレージーキャッツについての本はある。植木等の本もある。個々のメンバーもそれぞれ自分について書いている。
ところがリーダーのハナ肇についての本がない。これではいけない。そう思った著者は一念発起してハナ肇論に取り組んだ。著者は会社勤めを定年退職した人で芸能界とも出版界とも無縁のいわば素人。その人が、なんとしてもハナ肇について書きたいと仕上げた。熱がこもっている。
ハナ肇はまずクレージーキャッツのリーダーだった。しかし、お山の大将ではない。むしろ逆。頂上には植木等や谷啓、あるいは犬塚弘がいればいい。自分は裾野で頂上を支える。異色のリーダー。メンバーはいずれも東京っ子。私利私欲がない。人生は金や名誉だけが唯一ではないという考えで一致していた。「一匹狼」がいなかったのもよかったという指摘も面白い。
人気グループでこれだけ長続きした例も珍しい。やはり、リーダーの人徳が大きかったろう。増村保造監督の『足にさわった女』でハナが京マチ子の相手役に抜擢された時、ハナは大変光栄だがメンバー全員を出して下さいと映画会社に申し入れた。立派。