映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、運転手兼付き人として、師匠の植木等と過ごした修業時代の日々について語った言葉をお届けする。
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小松政夫は一九六四年に運転手兼付き人として植木等に弟子入りしている。今回の取材で小松は、師としての植木の素晴らしさを熱く語った。
「昭和三十九年、病気で休んだ植木等の快気祝いがゴルフ場でありました。政財界にスポーツ界の錚々たる人たちが集まって。
運転手たちにも専用の休憩所があって、植木からは『俺の名前でサインすればレストランと同じものが届くから、昼はゆっくりしていなさい』と言われていました。でも、そこにはいたくなくて、洗車場へ行って車をピカピカに磨きました。
帰りに植木を車に乗せようとしたら、凄い人たちが『がんばってね』と手を振っている。すると植木が私を呼んで『ご紹介します。ここにいるのは松崎雅臣といいます。今に大物になりますので、皆さん、お見知りおきください』って言ったんです。松崎雅臣は僕の本名です。
車に乗ったら『お前、飯食ったか?』って。『ええ、いただきました』『うそつけ。俺の所にツケが回ってこないぞ』『すみません。車を磨いていたもんで、忘れました』と言ったら『俺も脂っこいもの食わされてな。満足に食ってないんだ。蕎麦屋みたいな所に行きたいな』と言うんで蕎麦屋に行きました。
僕がかけそばを頼んだら、植木は天丼とカツ丼。凄いなと思っていたら、『俺は油もんを食べちゃいけないのに、ついこんなもん頼むんだよな。お前、食ってくれ』って。
俺に食わせるために頼んでくれたんです。植木は全てにおいて、そういう人でした」