新型コロナウイルスは「見えない不安」の蔓延に加え、マスクなどの買い占め、ネットでのデマの流布など、人々の体だけでなく心も蝕んでいる。こんなとき、強くたくましく生きた樹木希林さんならどう行動しただろうか。樹木希林さんの考えの「源泉」ともいえる、愛読書を紐解く。
2018年9月に亡くなった樹木希林さん(享年75)。言葉にこだわりを持ち、言葉の力を信じていた樹木さんは大の読書家でも知られた。しかし、自宅に遺されていたのは、100冊だけだった。樹木さんは100冊以上の本を手元に置くことはなかった。持っておきたい本ができたら、100冊の中から1冊を誰かにプレゼントしたというのだ。
書斎に遺した最後の100冊にはどんな本があったのだろうか、そのうちの2冊を紹介する。
◆『長谷川四郎の自由時間』長谷川四郎著
長谷川四郎(1909-1987)は戦争文学の傑作ともいわれる『鶴』で知られる。大岡昇平、中島敦、太宰治、松本清張と同年生まれだ。若い世代に浸透した一因に村上春樹の『若い読者のための短編小説案内』(文藝春秋)で紹介されたこともあったかもしれない。
樹木さんと40年以上にわたって親交があり、『希林のコトダマ』(芸術新聞社)の著書がある椎根和さん(78才)は、いちばん長い間、樹木さんの書棚に鎮座していたのは長谷川の本ではないかと言う。実際、遺された100冊のうち、エッセイ集『長谷川四郎の自由時間』(土曜美術社)をはじめ6冊が長谷川四郎の著書だった。
「『悠木千帆様』(樹木さんの最初の芸名)と直筆のサインが入ったものもあり、交遊があったようです。小説だけでなく、戯曲を書いたり、絵を描いたり、戦争にも芸術にも精通していた長谷川作品への思いは強かったのではないでしょうか。18才で文学座一期生に合格し、演劇の道を歩み始めた希林さんが、いちばん愛読、信頼していた文学者だったのだと思います」(椎根さん)
長谷川四郎全集(第7巻)の一冊には樹木さんとの対談が所収されている。ちょうど長女の也哉子を妊娠中のことで、
「男が存在感なんてのを持つためには、なんてったって頑張らなくっちゃいけないんです。ひらき直りなんてのは女にまかせて、がんじがらめの世の中で苦しんで、女にすがりついて、酒におぼれて、すべてに気をつかい、死ぬまで頑張るから悲しいし、存在できるんだと思います。長谷川さんはきっとそんな男だと思います」(樹木さん)
そう長谷川を評していた。