ライフ

ジェーン・スー×玉井雪雄対談「トリアージとトロッコ問題」

ジェーン・スー氏と玉井雪雄氏が対談

 新型コロナウイルスの感染拡大により、世界は「倫理」を問われているとも言える。人生相談の達人とも呼ばれる“ラジオの女王”ジェーン・スー氏とビッグコミックスペリオール(小学館)でマンガ『エチカの時間』を連載中の玉井雪雄氏が語り合った。

 * * *
玉井:僕はいつも仕事中、スーさんのラジオ(『生活は踊る』)を聴いているのですが、人生相談の回答を聴くと「信念のある人だな」と強く感じます。どんな質問に対してもバランス感覚がいい。だから、いま「倫理」をテーマに作品を描いている中で、ぜひお話を伺ってみたくて。

スー:『エチカの時間』はとても不思議な作品ですね。SFのようでもあり、今の時代の現実のようでもあり。私は「考えて腑に落ちること」が大好きな“腑に落ちマニア”で、知らないことを知って「ユリイカ(分かった)!」となる瞬間が大好きなんです。だから、七太郎に問い詰められても、私だったら「なんで? なんでそう思うの?」と質問を重ね続けるうち、タイムアップになっちゃうだろうな、と思いながら読みました。

玉井:嬉しいです。そんなふうに「考えること」の大切さを伝えたいと思って描いていますから。

スー:この作品、考えることが好きな人にはご馳走です。私は「功利主義」や「プラグマティズム」といったキーワードが出てくる度に、意味をネットで調べました。そうやって「なるほど」と思いながら時間をかけて読むのが楽しかった。玉井さんはどうして「倫理」をテーマになさったんですか?

玉井:「倫理」というのは、国籍も人種も関係ない人間の「知」です。そうした「知」について真正面から考えることが、軽んじられていると感じていたからです。日本の社会って、物事が声の大きな人の意見に流されていったり、世論がSNSの村の論理で何となく一方向に流れていったりすることが多い気がします。新型コロナの件もそうですが、日本人は「根拠」や「データ」をもとに、論理的に議論を進めるのが苦手だと感じませんか?

スー:そうですね。ダイヤモンド・プリンセス号での一連の対応にしても、PCR検査をなぜ積極的にしないのかについても、政府からは明確な根拠が表明されていないように思います。かわりに、周囲の専門家が「なぜ政府はこういうやり方をしているのか」を説明している。責任の所在がはっきりしないように感じます。「和を以て貴しと成す」という国民性だからなのか……。

◆医療でいちばん避けたいもの

玉井:小中高の一斉休校を決める際も、「首相の独断」一点張り。納得できる根拠は示されませんでした。一方でイギリスでは「6割の人は感染しても英国民は“集団免疫”を獲得する」とはっきりと方針と根拠を示した。結局、方針転換されましたが。でも、どちらが良いか悪いかではなく、根拠が提示されることなく、何となく物事が決まっていく雰囲気が僕は怖いんです。だからこそ、人類の共通の「知」である「倫理」について考えてみたかった。それが“100年に一度の危機”を正しい選択や判断で乗り越えることにもつながるのかなと思っています。

 例えば新型コロナでもヨーロッパの医療現場では「トリアージ」が行われているようです。災害などが起こったとき、より効率的に多くの人が助かる方を選ぶ、という考え方です。この社会には「命の選別」が行われる瞬間もある。そのことについてスーさんはどう思いますか。

スー:トリアージというのは医療でいちばん避けたいものでしょう。でも、考えてみれば、私たちは普段からすでに、うっすらとトリアージをされているのではないでしょうか。家庭の年収や学歴、仕事内容、住んでいる場所……。そうした条件によって命の価値が変わり、災害時に優先される人や地域があったりする。「うっすらとしたトリアージ」は、昔から社会全体に存在すると思います。

関連キーワード

関連記事

トピックス

精力的な音楽活動を続けているASKA(時事通信フォト)
ASKAが10年ぶりにNHK「世界的音楽番組」に出演決定 局内では“慎重論”も、制作は「紅白目玉」としてオファー
NEWSポストセブン
2022年、公安部時代の増田美希子氏。(共同)
「警察庁で目を惹く華やかな “えんじ色ワンピ”で執務」増田美希子警視長(47)の知人らが証言する“本当の評判”と“高校時代ハイスペの萌芽”《福井県警本部長に内定》
NEWSポストセブン
ショーンK氏
《信頼関係があったメディアにも全部手のひらを返されて》ショーンKとの一問一答「もっとメディアに出たいと思ったことは一度もない」「僕はサンドバック状態ですから」
NEWSポストセブン
悠仁さまが大学内で撮影された写真や動画が“中国版インスタ”に多数投稿されている事態に(撮影/JMPA)
筑波大学に進学された悠仁さま、構内で撮影された写真や動画が“中国版インスタ”に多数投稿「皇室制度の根幹を揺るがす事態に発展しかねない」の指摘も
女性セブン
奈良公園と観光客が戯れる様子を投稿したショート動画が物議に(TikTokより、現在は削除ずみ)
《シカに目がいかない》奈良公園で女性観光客がしゃがむ姿などをアップ…投稿内容に物議「露出系とは違う」「無断公開では」
NEWSポストセブン
ショーンK氏が千葉県君津市で講演会を開くという(かずさFM公式サイトより)
《ショーンKの現在を直撃》フード付きパーカー姿で向かった雑居ビルには「日焼けサロン」「占い」…本人は「私は愛する人間たちと幸せに生きているだけなんです」
NEWSポストセブン
気になる「継投策」(時事通信フォト)
阪神・藤川球児監督に浮上した“継投ベタ”問題 「守護神出身ゆえの焦り」「“炎の10連投”の成功体験」の弊害を指摘するOBも
週刊ポスト
長女が誕生した大谷と真美子さん(アフロ)
《大谷翔平に長女が誕生》真美子さん「出産目前」に1人で訪れた場所 「ゆったり服」で大谷の白ポルシェに乗って
NEWSポストセブン
九谷焼の窯元「錦山窯」を訪ねられた佳子さま(2025年4月、石川県・小松市。撮影/JMPA)
佳子さまが被災地訪問で見せられた“紀子さま風スーツ”の着こなし 「襟なし×スカート」の淡色セットアップ 
NEWSポストセブン
第一子出産に向け準備を進める真美子さん
【ベビー誕生の大谷翔平・真美子さんに大きな試練】出産後のドジャースは遠征だらけ「真美子さんが孤独を感じ、すれ違いになる懸念」指摘する声
女性セブン
『続・続・最後から二番目の恋』でW主演を務める中井貴一と小泉今日子
なぜ11年ぶり続編『続・続・最後から二番目の恋』は好発進できたのか 小泉今日子と中井貴一、月9ドラマ30年ぶりW主演の“因縁と信頼” 
NEWSポストセブン
同僚に薬物を持ったとして元琉球放送アナウンサーの大坪彩織被告が逮捕された(時事通信フォト/HPより(現在は削除済み)
同僚アナに薬を盛った沖縄の大坪彩織元アナ(24)の“執念深い犯行” 地元メディア関係者が「“ちむひじるぅ(冷たい)”なん じゃないか」と呟いたワケ《傷害罪で起訴》
NEWSポストセブン