日本赤十字社がインターネットで公開した動画が話題だ。「ウイルスの次にやってくるもの」と題された約3分の映像では、ウイルスへの恐怖が広がり人と人が傷つけあう状況をアニメーションで描いている。実際、新型コロナウイルスの感染拡大とともに医療従事者やその家族への偏見や差別が問題になり始めているが、現実はもっと広範囲で差別や分断が起きている。仕事や人生がいまひとつうまくいかないと鬱屈する団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアを「しくじり世代」と名付けた『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏が、今回は、コロナで初めて恐怖を感じたというごみ収集作業員の告白をレポートする。
* * *
「そりゃコロナは怖いよ、俺もそうだし、家族もそうだ」
不必要なほどにだだっ広いコンビニの駐車場、缶コーヒーを一気に飲み干す矢野浩一さん(45歳・仮名)。埼玉県東部のごみ収集を市から委託されている事業所の作業員だ。正社員で月給は30万以上と悪くない。妻も子もいて、車は自慢の国産高級ミニバン。
「このイカツイ顔がいいんすよ。あと色もいい」
矢野さんは工業高校を卒業後、様々な夢を追った終着としてこの仕事を選んだ。彼のことは定年した私の旧知の元職員から紹介いただいた。その元職員は公務員、現業の清掃員だったが、もうごみ収集の現業公務員採用などほとんどなく、矢野さんのような委託事業所の社員が請け負っているのが一般的だ。
「で、コロナね。俺もこんなことになるとは思わなかった。なにがあるかわかんないよね」
責任者でもある矢野さんは役職手当も含めてそれなりの年収をもらっている。30代でマイホームを手に入れて、マイカー買って、妻と子供と楽しく暮らす、こんな私たちの親世代の当たり前すら手に入れられなかった同世代がいる中で、矢野さんは収入も悪くないし田舎の一軒家とマイカーくらいは買えた。子供の数は違うが、まさに埼玉県、『クレヨンしんちゃん』のヒロシくらいにはなれた。みんなヒロシくらいはと思っていたが、現実はそれすら手が届かなかった。ヒロシは当時、かわいそうなお父さんという設定だったはずなのに。そんなヒロシの中の人、声を長く担当した人も亡くなられてしまった。時の経つのは早い。
「しんちゃんね、あのアニメ、俺の息子も好きだよ。映画も見に行ったよ」
一人息子がいる矢野さん、見かけはガッチリしていて背も高く威圧感満点だが、話してみると柔和で落ち着いた人だ。私も好きな車やバイクの話で盛り上がる。
「みんなが思うより清掃会社の正社員ってのは安定してるし悪くないんだ。そりゃ夏暑くて冬寒いけど、昔のイメージほどは臭くないし、やることやるだけってのは気楽なもんだよ。会社によるけどね」
別の部署で産廃トラックも転がしていたので大型免許も持っている。というか矢野さんはクレーンから何から資格をたくさん持っている。清掃会社と言っても市のゴミ収集だけを受託しているわけではなく、産廃やリサイクルセンターなど多岐に渡るそうだ。受託に奔走しなければならない零細と違い、矢野さんの会社は地域の大手でそこまでガツガツする必要はないが、社員はありとあらゆる受託業務に対応できなければならない。様々な会社名や専門用語が矢野さんの口から出るが私にはチンプンカンプンだ。
「この仕事も零細だと悲惨だな、自分でやるならいいけど営業とかコネとか大変。あと中高年の非正規も続かないね。若いうちにバイトで手っ取り早く金もらうならいいけど、年とってから非正規は耐えらんないと思う。体力的にもだけど、助手業務で社員や若い先輩にしごかれるからさ、精神的にキツイ。昔ほどじゃないけど荒っぽいしね。どうしても正社員になりたいって覚悟があるなら別だけど」