一時、金正恩朝鮮労働党委員長の重篤説が流れるなど、国政に関する数々の憶測が飛び交っている北朝鮮。仮に金正恩政権が崩壊した場合、どんなことが起きるのか──。ジャーナリストの宮田敦司氏がもっとも危惧するのは、大量の「難民流出」だ。
* * *
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、突如浮上した北朝鮮・金正恩委員長の健康不安説。真偽の程はいまだに分からないが、もし金正恩政権が崩壊したら日本にとっても他人事ではない。政権崩壊の混乱から生み出される政治難民と経済難民が日本へ流入することになるからだ。
政治難民とは、金正恩政権を支えてきた人々、例えば、国民を弾圧してきた秘密警察職員など、新政権下で迫害を受ける可能性が高い人々を指す。経済難民とは、新政権下で職を失い経済的に困窮したため、日本、韓国、中国へ不法就労、すなわち出稼ぎを目的に流入する人々を指す。
ただし、新政権に対して政権発足直後に軍と秘密警察が新政権に忠誠を誓った場合は、国民の行動の監視や国境封鎖が行われ、政治難民が大量に流出する可能性は低い。一方、経済難民は、漁船などの船による密航だけでなく、パスポートを所持して合法的に日本へ入国する人々も含まれる。
日本には現在でも事実上の経済難民は存在する。合法的に入国したものの、在留期限が切れた後も不法滞在している外国人だ。これらの外国人の中には、合法的な仕事に就けないため、違法な仕事で生計を立てているケースが少なくない。
北朝鮮から不法入国した経済難民は、不法就労したうえ、北朝鮮から日本への密航を手助けする「密航ブローカー」への高額な手数料の支払いに追われて犯罪に手を染めるなど、さらに深刻な問題を引き起こす危険がある。
◆北朝鮮難民は強制送還される
筆者は、戦争や政権崩壊により生み出された大量の北朝鮮難民は、韓国と中国へ流出するため、日本には流入しないという考え方に疑問を持っている。この考え方は日本では定説と言えるほど定着しているが、韓国と中国へ流れた大量の難民が、その後どうなるのか誰も触れていない。
答えは、北朝鮮への強制送還である。韓国も中国も難民の大量流入により自国の治安が悪化することを恐れている。なぜ治安が悪化するのかというと、失業率が上がると犯罪率も上るという現象が起きるからだ。失業していると、心がすさみ、自暴自棄になる人もいるだろう。また、失業者を生み出す社会に不満を持つ人もいるだろう。
そこへ大量の難民が流入し、韓国人や中国人の貧困層の仕事を難民が奪ってしまうと、失業した人々が(よほど手厚い社会保障を受けられる場合を除き)、現金を手に入れるために犯罪に手を染めるようになる恐れがある。犯罪に手を染めるのは職を得られなかった難民も同様である。
難民の流入による犯罪の増加を防ぐためには、雇用を確保するための大胆な経済政策を打ち出さなければならない。しかし、韓国ではすでに若年層の失業率の高さが社会問題化している。
一方、北朝鮮と国境を接する中国の吉林省と遼寧省では失業率は低いが、中国でも所得(平均月額給与)が低い部類に入る(31の行政区のうち25位と26位。平均月額給与は北京の半分以下)ため、仕事はあっても低賃金であるうえ、安い賃金でも働く難民が増加すると中国人労働者の賃金はさらに下がることになる。