「学校にも行けず友達にも会えず、私たち夫婦も仕事があって遊んであげられず…。塞ぎ込む子供を見ていられなかった、冷静ではなくなっていたんですね」(斎藤さん)
とはいえ、SNS上でのやりとりは綿密に行った。本当に先方がゲーム機を所有しているのか、そもそも先方は実在する人間なのか、そして詐欺師ではないのか。
「ゲーム機の写真を、自身のSNSのIDが書かれた紙と一緒に撮影し、送ってくれました。そして保険証、免許証の写真もです。そこまでしてくれるならと思い、教えられた通り、ネット上で利用できるギフトカードをコンビニで約三万円分購入し、そのコード番号を先方に伝えたところ、連絡が途絶えました。三万円分のポイントは即座に使われていて、追おうにも追いようがない。まさかという思いと、やっぱりという思いで……」(斎藤さん)
詐欺師に騙された二人に、全く落ち度がなかったとは言えない。いくら何かに困っていたからと言って、怪しいと思いながらも詐欺師の術中に自らハマっていった感は否めないのかもしれない。ただ、二人は「相手が信用に足る」と、先方が提示した免許証などで判断したわけだが、一般的に考えてみれば、そこまでする人が「詐欺師」だと疑う人の方が少ないのではないだろうか。
筆者はこうした詐欺事案の取材を長く続けているが、今回の場合、詐欺師が提示してきたという「身分証」は、実在するものではあるが、そこに記してある名前や顔写真の人物が詐欺師本人である、という可能性は低いと断言する。むしろ、そこに名前付きで写っている人物も、別の詐欺事案の被害者である可能性が高い。
例えば、最近SNS上でよく目にする「ン十万円をプレゼントする」などといった書き込みだ。筆者も以前、あのキャンペーンが「個人情報を入手するための偽イベント」と指摘したが「当選したので住所と名前を教えてくれたらお金を送る」「免許証など公的書類の写真を送れ」などといった詐欺師の甘言に騙され、被害者が言われた通りに写真を送れば、その写真は詐欺師がすぐに免許証の人物になりすますことができるツールになる。振り込みさせるための銀行口座と免許証情報を同時に入手するのも簡単だ。SNSを用いて違法に貸金を行う人物が、債務者の個人情報(免許証の写真)、それに借金のカタにと債務者から口座を預かれば、やはりその債務者になりすますことができる。また、金に困っている人物にアプローチし、銀行口座をウン十万で買い取るなどと甘言で誘う従来のパターンも健在だ。
このように、相手が自らの個人情報を提示してきたからといって、全く信用できるものではなくなっている。詐欺で得られた情報は次の詐欺のために使われ、また新たな被害者を生み出すという一般人には考えもつかない仕組みが出来上がっているのだ。
身分証や口座など、人に信用させるツールが多種多様に絡みあった詐欺から次の詐欺への調達されている現在、詐欺被害から身を守るためにはどうすればよいのか。厳しいことを言うようだが、たとえ何かに困窮していようとも、少しでも怪しい、おかしいと思った人や事に近づかない事である。困窮し冷静でない状態下では、とかく物事を自分の都合に合わせて解釈しがちだ。新型コロナウイルスによって冷静さを世界中の人が失っている今、詐欺師たちは舌なめずりをして次の被害者を待っている。