日本は1800種類の苔が生息する世界でも有数の環境にあり、古くから苔を楽しむ文化が根付いている。神秘的な旺盛日本庭園を訪ねたり、山野にわけ入らずとも、コケの美しさを楽しむことができるのが苔園芸だ。日本園芸協会の盆栽士で、苔盆作りの第一人者である木村日出資氏が語る。
「苔盆は、自然の風景を模して造形する点では盆栽と同じですが、コケが“主”で草木が“従”であることと、作ったその日から楽しめることが特徴です。盆栽は長い歳月を経て、寂びて完成するものですが、簡単な苔盆であれば、初心者でも1~2時間で完成させることができます」
近年はコケを販売する専門店やオンラインショップなどが増え、材料の入手も簡単になった。
「コケは環境の変化を受けやすく、深山などで採取したものを移植してもすぐに枯れてしまいます。それで苔園芸は難しいとあきらめている方も多いようですが、専門店などで販売されているコケの多くはタネゴケから累代栽培された頑強なものなので、環境変化の適応能力が高くなっています」(木村氏)
別掲作品のように、郷里の風景や雪舟の水墨画などに題材をとることが多いという木村氏の苔盆は、盆栽用の鉢に限らず、孟宗竹や流木、軽石などを加工して作られた器を合わせた作品も多く、神さびた風情がある。
技巧的に優れた作品を生み出すことが目的ではなく、遠い日の自分と出会ったり、仙境に心遊ばせることが苔盆作りの本懐だという木村氏が作る苔盆は、中国の文人趣味の影響を受け、神仙の理想郷を求めるべく盆上に体現した「文人盆栽」に通じるものがある。
※週刊ポスト2020年6月5日号