新型コロナウイルス感染症の影響により1年延期した東京五輪。1980年、ボイコットとなった悲運のモスクワ五輪と違い、東京五輪の選手には、1年後に母国の人々の前で活躍する機会が残されている。
それゆえ、多くの選手は1年延期にも前向きだ。
その1人が陸上女子100mハードルで東京五輪出場をめざす寺田明日香選手(30才)だ。100mハードルで日本選手権を3連覇した彼女は2013年に陸上競技から一時引退した後、7人制ラグビーへの挑戦を経て、2019年に陸上競技に復帰し、日本新記録を樹立した。
「その間、プライベートでは出産も経験しました。6年ぶりに陸上競技に復帰したのは、オリンピックで頑張る姿を娘に見せたかったからです。延期されましたが、来年7才になる娘は、より鮮明に東京オリンピックの記憶が残るはずなので、前向きにとらえています。家族と『チームあすか』でもう1年間陸上競技を楽しめる時間が増えたと思って、よりパワーアップできるよう頑張りたいです」(寺田選手)
パラテコンドーで東京五輪代表となった田中光哉選手(27才)も「この1年間は自分にとってアドバンテージ」と語る。
「ぼくはパラテコンドーを始めて3年と競技歴が浅いので、まだまだ伸びしろがあると思っています。気持ちを落ち着かせるために練習を再開したのですが、それまで試合に勝つことばかり考えて目が向かなかった自分の弱点に気づくことができました。この1年を自分の技術向上に使える大切な時間と思って、もっと強くなりたいですね」
1年延期を大きなチャンスととらえる選手はほかにもいる。スポーツライターの玉木正之さんはこう言う。
「1年あればこれまではレースに参加していなかった選手が実力をつけ急に浮上してくることも考えられる。また交通事故で負傷していたバドミントンの桃田賢斗選手(25才)のように、体調を整えて第一線に戻ってくる可能性が高まるケースもあります」
逆境にあってこそ、スポーツ選手の本質が問われるのかもしれない。
「人生にもスポーツにも、アクシデントはつきもの」と玉木さんは言う。
「いまはコロナで苦しんでいる人がたくさんいるのだから、五輪が延期されたことにたたずんでいるばかりの選手は支持できません。昨年、日本で開催されたラグビーW杯は台風で2試合中止になり、それこそ選手のリズムや体調を狂わせかねなかった。しかし選手らは落ち込むどころか、被災した人たちを助けようとボランティア活動をしていた。あの姿勢こそがスポーツ選手の本分です」
フェンシングの三宅諒選手(29才)も、「起こったことに対応するのがアスリート」と語る。
「競技そのもののルールが変わることがあるうえ、自分の体力が落ちたり新しい若手の選手が台頭したりする可能性もあるなか、『去年までこうだったじゃないですか』と言っていられません。アスリートには、現在の状況に順応して、自分の最高のパフォーマンスを出すことが求められます」
だからこそ新型コロナにおいても順応が大切と三宅選手が続ける。
「コロナで生活が変わってしまったかたもいるはずですが、ぼくは自分がやりたいことのために、生活が変わってもそれに順応したい。大好きなフェンシングを続けたいからこそ、そのためならウーバーイーツもやるんです。世の中が自分が望む状態にないことを恨んでも改善するわけではないし、コロナが消えてなくなるわけでもない。来年開催できなければ中止、という決定についてもいまは自分のやれることをやるのみと受けとめている。そのつど、状況に対応できるしなやかさを持っていたいと思います」