「ちゃんと消毒してるの!?」。5月中旬のある日、北海道で宅配便の配達員が、玄関のドアを開けた瞬間に住人から除菌スプレーを吹きかけられた。住人の女性は“置き配”を選ばず、玄関先での受け渡しを指定していた。
都内のある区役所では、10万円の特別定額給付金の電話受付窓口で、「すぐ払え!」「いまから取りにいくからな!」と職員に罵声を浴びせる住民が後を絶たなかった。
感染者を受け入れている大阪市内の病院では、病院職員がバスに乗車しようとしたところ、バスの中から乗客がこう叫んだ。
「コロナがうつるから乗るな! 早く扉を閉めてくれ!!」
医療従事者、配達員、役所職員、清掃員、保育士、運輸業者―私たちの暮らしを守り、社会を支えるために働く人々を「エッセンシャルワーカー(生活必須職従事者)」と呼ぶ。
緊急事態宣言が発令され、多くの人が外出自粛や在宅勤務を求められるなか、エッセンシャルワーカーは人々の暮らしを守るため、感染リスクをいとわずに日々働いている。にもかかわらず、差別的な言動や理不尽なクレームに苦しめられているのだ。
スーパーマーケット、コンビニ、ドラッグストアなどの小売業は特に生活に密着しているだけあって、そうした出来事で傷つく従事者が多い。全国スーパーマーケット協会の広報担当者が指摘する。
「感染防止のためレジとお客さまの間をビニールシートで仕切ったり、店員が手袋をつけて対応したりするのを見て、“客をばい菌扱いするのか!”とクレームをつける人や、買い占めが増えて品薄が続いた時期に、“なんで置いてないんだ!”と逆上する人がいる、といった相談が多数寄せられました。店員は答えようがないうえ、近距離で詰め寄られることで“もしこのお客さまが感染していたら”という恐怖におびえています。
特定の時間のレジが混むのはスーパーでは仕方ないことなのに、“密じゃないか! 何してるんだ!”と怒鳴られたという話もある」
客のマナーも大きな問題だ。
「レジに並ぶ際、床に置いた買い物かごを足で蹴って押したり、店内のゴミ箱に家庭ゴミや使用済みのマスクを捨てて帰られることもある。ひどい例では、感染防止のためトイレの貸し出しをやめたら、店先で放尿されたというケースを聞いています」(前出・広報担当者)
労働や貧困問題に取り組むNPO法人「POSSE」には、コロナ関係の労働相談だけで2100件が寄せられている(5月28日現在)。代表の今野晴貴さんが指摘する。
「相談の多くは、“職場が3密で感染が怖い”“お客さんがマスクをつけてくれない”という労働環境に関するもので、差別的な扱いやクレームについては、実はそれほど多くありません。エッセンシャルワーカーへの差別や非難は本人が“仕方ない”と思い込むため労働問題になりにくく、すべて本人が抱え込む構造になっています。このことは隠れた大きな問題です」
人々はなぜ、社会のために働いてくれるエッセンシャルワーカーに牙をむくのだろう。