映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優の小松政夫が、お客さんに合った喜劇について語った言葉をお届けする。
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小松政夫は二〇一九年十月に舞台『うつつ~小松政夫の大生前葬』に主演、自身に近いベテランのコメディアンを演じた。
「みんなで騒ぎながら飲んでいた時、生前葬のことを俺が話したんです。『老後は二千万円なきゃ生きていけない』とかバカなこと言った奴がいたでしょう。『俺も二千万円稼がなきゃどうにもならねえ。それなら生前葬でもやろう』という話になって。
あいつは来てくれた、あいつは来ねえな──そういうのは、死んでしまうと分からないけど、生きているうちにやると『来てくれたの? ありがとうな』『あいつ、親友面していたのになんで来ないんだ。このやろう』とか、そういうのが見えるから面白い。
それで、『生前葬』というタイトルの舞台にして、小松政夫が小松政夫の役をやることにしたんです。これまでの『はやり言葉』も出てくるし、真面目な芝居も出てくる。頭はボケちゃって、セリフも言えなくなったような役でね。他で女を作ってしまったために家に帰れなくなって、娘にも会えない。その娘がようやく会う気になってくれたら、その時はもう死んでいる。
好きなようにやらせてもらいました。娘が悲しんでいるところに私がタキシード姿で現れて、『シャボン玉ホリデー』のエンディング曲に合わせてでたらめに踊る。それで、お客さんには私が死んだということが伝わる。
物凄い反響がありました。やはり、喜劇は『笑って泣いて』だという考えに間違いはなかったと思います」
現在も、現役の喜劇役者としてさまざまな舞台に上がり続け、観客に喜ばれている。