【書評】『人生論 あなたは酢ダコが好きか嫌いか 女二人の手紙のやりとり』佐藤愛子×小島慶子/小学館/1000円
論理を踏んづけ情念に生きる96歳の佐藤愛子さんと、理屈の隘路にハマり呻吟する47歳の小島慶子さんが交わした金言、至言が満載の往復書簡エッセイ集を、仲野徹さんは「恐怖のバイオレンスvs心理サスペンス」と評した。その理由とは――爆笑必至の書評をお届けします。
【評者】仲野徹
大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。1957年大阪市生まれ。著書に『こわいもの知らずの病理学講義』『(あまり)病気をしない暮らし』など。読売新聞、HONZなど多くのメディアで書評を担当。
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人生論やのに『あなたは酢ダコが好きか嫌いか』とは、どういうこっちゃねん。訝りながらパラパラッとめくり始めたが最後、あまりに面白くて、文字通り一気に読み切ってしまった。
佐藤愛子さんと小島慶子さんの往復書簡だ。佐藤愛子さんのご本は読んだことがあるが、大阪人なので主として東京でご活躍されている小島慶子さんのことは存じ上げなかった。
いやあ、佐藤さんのようなすごい人との手紙のやりとりって大変やろうなあと思って読み始めたのだが、あにはからんや、どちらかというと小島さんの方が強烈ではないか。
テーマは、夫婦、世の中、それから人生である。圧巻は、四章のうち二章でとりあげられている夫婦についてだ。まずは、よそ様の夫婦関係を垣間見るという下世話な楽しみが満たされる。そして、お二人ともむちゃくちゃ偉いということがよくわかる。スタイルは違うが、ご主人、といったら叱られるかもしれないから、もとへ。夫に対する尽くし方が半端じゃない。
すごい内助の功で、うらやましくもある。いや、内助の功などという言葉ではとてもあらわせない。しかし、なにものも代価なしで手に入れることなどできないのは世の常だ。本質的なところで夫を愛し、やさしく大事にしておられる(佐藤さんの場合は結局、離婚されたので過去完了形ですけど)のは間違いないが、ここぞという時にはむっちゃ怖い。
その怖さのパターンは異なっている。佐藤さんは、短期集中的で物理的な怖さ。怒ったが最後、バケツの水をぶっかけ、牛乳瓶を投げつける。それも、帰宅した瞬間を狙う奇襲戦法まで採用されるという念の入れよう。
一方の小島さんは、長期的で心理的な怖さ。十年以上も前のことをいつまでも忘れず、淡々と夫に詰め寄る。さらに、未来に向けての戦略まで練ってある。バイオレンスと心理サスペンスという違いはあるが、怖さの絶対値にはいずれも甲乙つけがたし。
しかし、なんともいえない愛情深さがご両名に感じられるのが、この本の最大の持ち味だ。夫のことをあれこれとぼやく小島さんに対し、佐藤さんは、あなたはまだまだねとか、おのろけにしか聞こえませんとか、ごっつうええ感じであしらっていかれる。小島さんも、90歳を超えておられる佐藤さんも、なんだかとっても可愛らしい。