コロナ禍は多くの人にとって、これまでの歩みを見直す機会でもあったのではないか。京都にある真宗佛光寺派大行寺の住職、英月(えいげつ)さんもそんな一人。48年の波乱万丈の半生を赤裸々に綴ったエッセイ『お見合い35回にうんざりしてアメリカに家出して僧侶になって帰ってきました。』(幻冬舎)を刊行した。
いまや、全国から参拝者が集まる「写経の会」や「法話会」を催す一方、「激レアさんを連れてきた」(テレビ朝日)に出演、情報報道番組のコメンテーターを務めるなど、多彩に活躍する英月さん。だが、その歩みは、度重なるお見合いの失敗と家出から始まっていた。自分の“居場所”を見つけるまでの奮闘と、そこに導いた仏教の教えを伺った。
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◆「恋愛と結婚は別」という思い込みで、お見合いを繰り返す
──京都のお寺・大行寺で生まれ育った英月さん。29歳のとき家出をして、単身アメリカへ。そのきっかけがお見合いの失敗だったんですね。
英月:二十歳くらいからですね。親に言われるがままにお見合いを繰り返していました。お寺を継ぐためにしていたわけではないんです。4つ下の跡取りの弟がいましたから、私は嫁入り先探しのためにお見合いをしていただけ。条件がいいお話もたくさんいただいて、お見合いなのだから条件で選べばいいという下心もあったんですが……、アタマでは納得しても、やっぱり嫌だと思ってしまうんですね。他人に人生を決められたくない、という気持ちになってしまって。他人といっても、両親なのですが。
──当時、銀行で働いていらっしゃいました。社内恋愛などをして、恋愛結婚をしよう、というお考えはなかったのでしょうか?
英月:いま考えたらヘンな話なんですが、恋愛結婚はドラマや映画の世界の中のこと、という思い込みがありました。両親も、その両親もお見合い結婚をしていて、親族もほとんどそうだったので、私もお見合い結婚するものだと思い込んでいたんです。
──お見合い相手の縁者さんに、「男の子を産んでくださいね」と言われたり……。そんなお見合いを繰り返すうちにストレスで耳が聴こえなくなり、ご両親との決別を決意される。それにしても家出先がアメリカというのには驚きました。
英月:英語もまったく喋れないのに、アホですよね(笑)。遠くへ逃げなければ、という思いだけでした。でも、お見合い問題からは解放されても、次から次へと問題はやってくるんです。
◆頑張るのはいいけれど、「よりどころ」にしてはいけない