2018年8月、坂田氏とバンコクの歓楽街を訪れた伊藤氏は、〈この子たち、みんな男だったんですよ。すごいでしょう〉と言われて覗いたその見事な局部の仕上がりに舌を巻き、ホテルに戻ってシャワーを浴びながら、こんなことを思う。〈これが自分の股間についていることは当たり前ではないのかもしれない〉。
1980年代に〈トラサルディのジーンズ〉をデザインし、大ヒットさせた坂田氏が、アテンド業に進出したのは2002年。まずは美容整形のアテンドから始め、〈そんなに悩んでいるならお手伝いしますよ、という感覚〉で、性転換の案件が増えていったという。
アクアビューティでは事前相談や病院への送迎まで現地係員〈ミドリさん〉らの細やかな対応を強みとし、当時の金額は高め。技術力が高いヤンヒー国際病院やその出身医にパイプを持ち、声帯手術にも目配りする、業界のパイオニア的存在だ。
その後、同社に〈割高感〉を感じた人々が自らも起業していく。自身も23歳の時に性別適合手術を受けた井上健斗氏がタイ在住16年の石田来氏と設立した(株)G-Pitが一例だ。また、駐在先の工場が通貨危機で閉鎖され、そのままタイに居着いた元工場長や、手術先で出会い、各々の経験を経営に生かすFtM(女→男)の2人組など、その後増えたアテンド業者の起業動機やドラマも人それぞれだ。
「本書では評判をツテに主要7社を絞り、取材しました。時代を追うごとに性同一性障害の当事者による起業が増えたり、起業のあり方自体が割と自由だったりするのも、タイならではと感じました」
◆「正規」も「ヤミ」も消えた手術ルート