それを聞いた仲蔵は、團十郎が「名題なら自分で何とかしろ」と言っているんだと気づき、今に残る魅力的な斧定九郎を創作することになる。この「女房の言葉を素直に聞く仲蔵」の偉さを祖父五代目小さんの「万事素直」という言葉と結びつけて語るのも花緑らしくて楽しい。
サゲも花緑考案のオリジナル。しくじったと思い込み、上方へ行くと旅支度をして家を出た仲蔵が帰宅して「師匠に誉められた、もうどこにも行かない」と言うと、女房は「よかった……二度と会えないかと思ってた」と嬉し泣き。「ホッとしたら、私なんだかお腹が空いてきちゃった」と言うのを聞いて仲蔵「腹が減った? うちじゃまだまだ弁当幕の定九郎だ」と呟く。五段目が観る価値のない“弁当幕”と呼ばれたことに引っかけたもので、「夫婦の噺」とした花緑演出に相応しい見事なサゲだ。また聴きたいと思いながら何年も出会えなかった花緑の『中村仲蔵』、やっぱり素晴らしかった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年7月10・17日号