昭和11(1936)年に陸軍の青年将校らが引き起こした「二・二六事件」。この日本最大の軍事クーデター未遂から85年目を迎えた今年、事件で犠牲になった被害者に関する研究や本が話題になっている。
6月17日付の読売新聞記事「2.26事件 暗殺された側にも光」は、最近の動きについて、こう指摘する。
〈青年将校に関する証言や史料は掘り起こされ、研究が蓄積されてきたのに対し、暗殺された側の研究はあまり進んでいない。今年に入り、斎藤実元首相(1858〜1936年)の資料調査が始まり、陸軍教育総監・渡辺錠太郎(1874〜1936年)の評伝が刊行された〉
同記事によれば、たとえば斎藤元首相(事件当時は内大臣)については、「研究者によるまとまった伝記が戦後一冊も編まれていない」(麻田雅文・岩手大准教授)状態だったが、出身地・岩手県奥州市にある斎藤実記念館で未公開資料が発見され、麻田准教授らが今年3月から調査を始めたという。未公開資料は、約5000通の書簡を含む約1万点にのぼり、その中には二・二六事件発生時の春子夫人の証言を記録した手書きメモも含まれている。
また、渡辺教育総監については、今年2月に初めての本格的な評伝『渡辺錠太郎伝』(岩井秀一郎著/小学館)が刊行されたことが紹介されている。
実際、二・二六事件に関しては、研究書だけではなく、小説や映画でも加害者である青年将校を中心に描かれた作品が多い。
三島由紀夫の短篇『憂国』『英霊の聲』や、吉田喜重監督『戒厳令』、五社英雄監督『226』など、話題作の多くは青年将校側の視点に立っている。それらの作品では、殺された犠牲者たちの被害状況や事件に巻き込まれた経緯について詳しく語られることはない(三島の戯曲『十日の菊』は、狙われて生き延びた大蔵大臣という架空の設定で、「狡智と人間的絶望の固まり」である元蔵相の「喜劇的悲惨」が描かれる)。