【書評】『一人称単数』/村上春樹・著/文藝春秋/1500円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
作者六年ぶりの短編集だ。
特徴の一つは、エッセイのようなタッチが顕著なことだ。これは『猫を棄てる』という自叙エッセイを発表したこととも関係があるだろう。同書には、長い父親との確執と、父の死について詳らかにされている。その具体的エピソードは、『ねじまき鳥クロニクル』、『1Q84』、『騎士団長殺し』といった代表作に、下敷きとなる戦時下の凄絶な実話があったことを明かした。しかし、実話があったからフィクションが書けたのではなく、これらの虚構を書くことで、現実の父との関係と、ひいては自伝を生みなおしたのだと私は思う。
そう思うと、『一人称単数』はこれまでの村上作品とは違う魅力を湛える。本書に共通するのは、一つは、村上がデビュー作で架空の米国作家を登場させたような、虚構内虚構の仕掛けだ。架空の、短歌集(「石のまくらに」)、リサイタルのプログラム(「クリーム」)、ヤクルト・スワローズに捧げる詩集などが出てくる。極めつきは、ビバップの雄チャーリー・パーカーがカルロス・ジョビンと組んだという(!)架空のボサノヴァ・アルバムだ。