8月10日、肺炎のために亡くなった渡哲也さん(享年78)。かつては、吉永小百合(75才)や、浅丘ルリ子(80才)、十朱幸代(77才)との浮名が立ち、ほかの女優や歌手が好きな俳優として渡さんの名前をあげることも多かった。1970年代後半から1980年代前半には、週刊誌が“女性支持率ナンバー1”ともてはやすほどの渡フィーバーが巻き起こっていたのだ。
しかし一方で、昭和の歌姫・山口百恵さん(61才)との意外な関係性が世間で騒がれることはこれまでなかった。
「百恵さんと渡さんは恋仲ではないんですけどね。実は、三浦友和さん(68才)と家族ぐるみのつきあいをしていたんですよ」
とは、渡さんの知人男性。
「渡さんと三浦さんは『西部警察』での共演をきっかけに親しくなって、両方の家を行き来する仲のよさでした。石原裕次郎さんのハワイの別荘に三浦さんと百恵さんが訪れて、石原軍団に歓待されたこともありました」(知人男性)
百恵さんと渡さんの親交の深さを証明するのが“あのマイク”だ。
1980年10月5日、かすみ草で髪を飾り、白いドレスを着た百恵さんが『さよならの向う側』を歌い終え、日本武道館のステージ中央に静かに置いた白いマイク。このマイクが、後に渡さんの手に握られたのだ。
「翌年のクリスマスに渡さんの自宅で開かれたクリスマスパーティーに参加した百恵さんが、クリスマスプレゼントとして、伝説となったマイクを贈ったんですよ。そこには《もう私には必要ありませんが、渡さんがいつかステージで歌われるときにどうか使ってください》という手紙が添えられていたそうです」(前出・知人男性)
その願いを、渡さんは7年後に叶える。1988年末に大阪で開催した渡さんにとって初めてのディナーショーで、そのマイクを手に、前年に故人となっていた裕次郎さんの曲などを熱唱したのだ。