映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、『男はつらいよ』シリーズでの3代目・おいちゃん役で知られる父・下條正巳から役者として言われたことについて語った言葉をお届けする。
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下條アトムの父親は、名バイプレーヤーとして知られた下條正巳である。両者は映画、舞台、テレビドラマで何度も共演している。
「共演していて、僕がダメな時はちゃんと言ってくれました。見て見ぬふりはしません。そこは凄く厳しかったです。
『あれは古い芝居だな』って言われたことがあります。何十年も先輩の人から『古い』と言われるわけですから、ズキーンと来ますよ。
『古い』とはどういうことかは恥ずかしいからあまり言いたくはないのですが──ようは自分の引き出しの中からはやるな、ということですね。
それなりにキャリアを積むと、いろいろ持っているものはあるんです。それでついつい、自分の経験した中から『これでいいかな』というところに逃げちゃう。そのほうが楽だから。この程度をやっておけば、その場はしのげちゃうんですよ。
そういう楽なところに行くことを、親父は『古い』と言っていました。やはりパターンではなく、その場その場で新たにやらないといけない。人間も違えば、その場の感情も違うわけですから。
『一つ一つの演技を大事にしないで、そういう楽なことをしていると、結局はダメになっちゃうぞ』
『この世界は一つ一つが勝負だから、絶対に息を抜くな』
ということを親父は綿々と話していました。これも僕が愚かなんですが、その時には分からなくて、後になってふと気づくんです。『あ、これは親父が言っていたことだな』と。
今でも親父の墓に行っちゃいます。それで『わからねえ。ダメだ』なんて言ったりしてね」
一九八〇年代は、二時間ドラマなどで犯人役を演じている。その場合、人が好さそう、気が弱そうに見せて実は──という展開が少なくなかった。