【書評】『街場の親子論 父と娘の困難なものがたり』/内田樹、内田るん・著/中公新書ラクレ/900円+税
【評者】関川夏央(作家)
父・内田樹は今年七十歳の高名な思想家、娘・内田るんは今年三十八歳の詩人にして「フェミニスト」。親子書簡集というと、昭和三十年代に流行した中流上層母子のイヤ味な本を連想させるが、これは違う。この父子は、たしかに「困難なものがたり」を乗り越えてきた。
一九八〇年代末まで、生まれ育った東京で大学の時間講師をしながら友人たちと起こした翻訳会社で働いた父は、三十代終りに神戸女学院大学に職を得た。阪神間に移り住む決意と離婚は、ほぼ同時であった。このとき、六歳のひとり娘るんに、父と母、どちらといっしょに暮らしたいか尋ねると、娘は意外なことに父を選んだ。
「かすがい」役を果たせず不甲斐なく思った娘は、父を「管理」する責任を感じつつ、「お父さんと二人ならなんとかやれる」と見通したのだという。子どもはいろいろ考える。子どもはつらい。慣れぬ土地で、父は毎日娘の弁当をつくり、授業に出かけた。九五年の阪神淡路大震災では、体育館で三週間の避難生活をした。
「態度がでかい」「ものごとを舐めてかかる」「自分勝手で無反省」─―とは父の自己像だが、娘はそれらを「病的なまでの繊細さ」の裏返し、と見ていた。実際、離婚から六、七年間の父は「捨てられた小犬」のようで、鬱病、不眠症、痛風で苦しんだ。現在の内田樹のイメージとは全然違う。